第193話 防衛、初日

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 激しい怒号と共に、数多のリファール軍が目の前に展開する。

 ヘレナの読み通り、やはり正門にその大半が攻めてくるようだ。そして、防衛を行うにあたって、守備側が行うべきはその防御の強化である。

 砦攻めにおいて、守備側が敗北する要因は二つ。

 一つは、門が破られることだ。破城搥や衝車、投石機といった、強い衝撃を与えるものによって門を破り、そのまま兵士が突入してくることが敗因となる。そうすれば守っている側としての有利が失われ、そのまま数の差が勝敗に繋がるのである。

 そしてもう一つは、壁を乗り越えられることだ。縄梯子や梯子車といった、高所に兵を送ることのできる状態にして、砦の外壁を登るのである。そして登った先にいる敵兵を倒し、その地を占拠することで、そこを攻撃の拠点とすることができるのだ。そうすれば次々と兵を送り込むことができるようになるため、数の多寡が勝敗を決めることになる。


 つまり、ヘレナが行うべきは二つ。

 一つは門を破られないことであり、もう一つは壁を乗り越えさせないこと。


「火矢を放てぇ!」


「はっ!」


 リファールもそれを分かっているからこそ、攻城兵器――衝車、破城搥といった武器を用意している。

 ゆえに、まずはそういった武器を無力化することから始まるのだ。油を浸した布を先端に巻き、火を灯した矢を用いて、まずはそちらの武器を燃やすのである。

 遠くから攻撃をするしか手段がない以上、火に頼ることこそが一番なのだ。

 だが、そう簡単に燃やしてくれるほど、甘いものでもない。


「門の後ろは!」


「大石を積み重ねています!」


「作業を急げ! 門を破られても敵軍が侵入できないよう、強固に行え!」


「はっ!」


 ヘレナの指示と共に、門の後ろには石が積まれている。

 基本的に、門は押し開けるものなのだ。そのために破城搥を叩きつけ、衝車で突撃し、投石機で大岩を投げつけるのである。

 だが、その門の向こうに岩が積み重なっていれば、それだけでも十分に重くなるのだ。そして重みを増したそれは、門の損壊を防ぐと共に、いざ門が破られても障害となって敵の動きを阻むのである。

 本来ならば、敵軍と開戦を行う前に準備をしておくべきだった。だが、今回に限っては一日という時間しかなく、ろくに石を積み重ねることができていない。


「ヘレナ様! 敵の破城搥、燃えません!」


「水を含ませていると思われます!」


「熱した油を落とせ! 破城搥と共に、周囲の敵兵も掃討しろ!」


「はっ!」


 ヘレナの指示と共に、正門を強く打っていた破城搥へと、しっかり熱した油がかけられる。

 これで破城搥は油により燃えやすい状態となり、加えて破城搥を叩きつけていた敵兵に火傷を起こさせることができるのだ。

 そして、さらにその搥へと火矢を射かける。


「ぎゃああああ!!」


「あぢいいいい!!!」


 敵兵の叫びが聞こえ、それと共に燃え上がる破城搥を見る。

 だが、破城搥の一つを無力化したからといって、敵軍が止まるわけではない。今度はどうにかして砦の壁を登ろうとする輩が出てくるのだ。

 敵兵が矢を撃ち、刺さった壁の部分を基点として縄梯子が掛けられる。一箇所だけならばまだしも、これが十、二十といった箇所に連続で行われるのだ。

 ヘレナは状況を見て動き、最も防備の薄いであろう場所へ待機する。


「ちっ……!」


 本来、このように梯子を掛けられて、最も適切な手段は石を落とすことである。

 特にそれが大岩を落とすものであれば、縄梯子を登ってくる敵兵を一網打尽にすることすらできるのだ。

 だが、岩はない。

 用意していた岩は全て、門の防備に使ってしまった。

 ゆえに、行うことができるのは。


「登ってくる敵兵に矢を射かけろ! 両手の塞がった兵など、良い的だ!」


「はぁっ!」


 登ってくる敵軍に、ひたすらに矢を射かけるのみである。

 矢が当たった者はそのまま梯子から落ち、続けて登ってくる者も巻き込む。


「衝車が来ました!」


「油を落として火矢を射かけろ! すぐに燃やせぇ!」


「はっ!」


 防衛戦とは、そんな繰り返しである。

 攻城兵器に対してできる限りの対処を行い、門の防備を強くし、その上で登ってくる敵軍を対策する。

 ただ、それだけだ。

 そして、それだけのことをただ続けるからこそ、防衛戦とは士気が落ちやすいのである。


「総員、矢を番えろ! 敵はあれだけいる! 目を瞑っていても誰かには当たるぞ!」


 だからこそ、時には攻撃に打って出る。

 ただ攻められ続けるというのは、士気をどんどん下げてゆくのだ。ゆえに、このように斉射を行わせ、敵軍を僅かにでも減らさねければならない。

 ヘレナもまた弓に矢を番え、そして並ぶ自軍に向け、叫ぶ。


「斉射はじめぇっ!」


「はぁっ!」


 二千五百の兵が、一度に敵軍に向けて矢を射るのだ。どれほど腕の悪い者が揃っていたところで、その矢が全て外れる、ということはまずありえない。

 矢の雨は、最前線にいた敵兵の体を射抜き、そこに屍を増やしてゆく。


 破城搥は、ヘレナの知る限り二つは燃やした。

 門の後ろには岩を敷き詰め、十分な防御力を持たせた。

 縄梯子を登ってくる敵兵や、破城搥を叩きつけていた敵兵、それに斉射を行ったことでの被害は、恐らく百は下らないだろう。

 比べ、こちらは完全に無傷――それだけ聞けば、圧倒的に有利に戦が進んでいる、と言えるだろう。


「はぁっ!」


 さらに、続けて梯子を登ってくる敵兵の眉間を射抜き、そのまま落とさせる。

 梯子は的確に、こちらから外すことのできない位置で固定されているのだ。そして、残る部分を簡易な梯子を掛けることにより、壁の上まで登ってくるのである。

 だからこそ、ただヘレナたちは、登ってくる者たちを対処することしかできないのだ。


「敵軍、梯子車来ましたっ!」


「ちっ……火矢に油を多めに含ませておけ!」


「はっ!」


「火矢隊は待機! 私の指示を待て!」


「はっ!」


 梯子車――移動をさせることが可能な、巨大な木製の機械である。

 それを壁に張り付けさせることで、内部に設置された梯子から登り、城壁の上に攻め込むことができるのだ。

 外部を木により囲まれているために、登っている途中の者を攻撃することができない、という利点を持つ代わりに、木製であるがゆえに燃えやすいのだ。ゆえに、梯子車に対応するためには、それを燃やす以外の対処ができない。


 ヘレナは急いで、梯子車がやってくるであろう部分に向かい、そこで待つ。

 恐らく、油を多めに注いでおかねば、簡単に梯子車は燃えてくれないだろう。リファールとて馬鹿ではないのだから、簡単に燃やさせてくれるはずがないのだ。先に水を多く含ませるとか、防火の加工をしているなど、対策は確実にしている。

 ゆえに、ヘレナのやるべきこと。

 それは、梯子車から登ってくる敵兵を、その都度斬り殺すことだ。


「梯子車! 止められません!」


「張り付いたと共に油をかけろ! 燃やすのはその後でいい!」


「はっ!」


 梯子車が城壁に張り付き、そのまま巨大な空洞から敵兵が登ってくる。

 ヘレナはそれを、その梯子車の繋がった先にある城壁の上で、ただ待ち。


「うぉぉぉぉ!!」


「はぁっ!」


 最初に登ってきた敵兵の、その首を斬る。

 それと共に、力を失った敵兵の屍が、数人を巻き込んで落ちてゆくのが分かった。

 ごくり、と唾を飲み込む音が、隣から聞こえる。


「どうした、マリエル。怖気付いたか」


「これが……戦」


「ああ。残念だが、もう一抜けすることはできん。死にたくなければ、目の前の敵を殺せ。それだけだ」


「はい、お姉様……!」


 梯子車に油がかけられ、それと共に打たれた火矢により燃え上がる。

 同時に、中で梯子を登っていた敵兵が火だるまになって落ちた。

 うぉぉぉぉ、と自軍に興奮が走る。

 だが、それだけだ。


「まだだ……」


 ヘレナは鋭い眼差しで、じっと敵軍の動きを見続ける。

 ただこれだけで防げるほどに、砦の防衛戦は甘いものではない。

 それが分かっているからこそ、油断などしないのだ。


「来い、リファール……!」


 日が暮れるまで、そんな戦いは繰り広げられた。

 そして日が落ちると共にリファールの軍は退いてゆき、ようやく初日の戦いが終わる。


 自軍、戦死者なし。

 敵軍、戦傷者五百ほど、といったところか。


 初日の成果としては上々。

 されど、まだこの程度に過ぎない。

 まだ戦は始まったばかりであり、これから地獄が続くのだから。

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