助太刀のメフィスト
田村サブロウ
掌編小説
東の島国のとある森にて、一振りの刀が岩に刺さっていた。
その刀は、銘を『
巨悪が栄えた時代に必ず現れた名刀で、数多の英雄がこの刀で悪に立ち向かっては多くの人々を救ったのだ。
そんな逸話をもつ刀の前に、西の大国から来た一人の悪魔が現れた。
悪魔の名は、メフィストという。
「ケケケ、あったな。英雄の
メフィストは岩からいともたやすく、岩から
「ケケケ! 英雄様の刀にしちゃあずいぶん簡単に引き抜けたもんだ」
メフィストは
* * *
今の時代は、魔王が世界征服に乗り出し、勇者がそれを阻止すべく動く激動の時代。
まさに英雄が求められる巨悪の時代だ。
本来、勇者にこそふさわしい人助けの名刀
それはただ、メフィストが戯れに人々を苦しめることが大好きな悪魔だからでしかない。
英雄に使われる前に英雄の武器を奪ったら、さぞや人類は苦しむことだろう。
たったそれだけの悪辣としたいたずらごころから、わざわざメフィストは
それがこの先、彼自身を苦しめるとも知らずに。
* * *
西の大国に飛んで戻ったメフィストは、上空から一人の少女を見た。
少女は平原を走っていた。だが、いささか足が遅い。よく見ると足を怪我していて、走りに支障をきたしているようだ。
少女の後ろからは、全身が緑色の子供のような生き物が彼女を追いかけていた。西の大国では害獣として有名なモンスター、ゴブリンだ。
ゴブリンは5、いや6匹いて、そのどれもが棍棒もしくは剣で武装していた。少女ひとり相手にするには過剰戦力だ。
英雄ならここで少女の側に助けに入るのだろうが、残念ながら少女を発見したのは悪魔メフィスト。
「ケケケ! 面白そーなことしてんじゃねぇか! 女をボコッてさらに追い打ちの絶望を与えてやるぜ!」
人の苦しむさまを見るのが大好きなメフィストは、状況をさらに悪くするべく少女めがけて飛んでいった。
右手には手に入れたばかりの名刀
本来、英雄が人々を守るために使われたであろう刃を、なんの罪もない少女の血で汚すためにメフィストは――
「オラー! さらなる絶望のおかわりサービスだぜ、ケケケー!!」
呼びかけに振り向いた少女に、空中から刀で斬撃を――
――かんっ。
「ッ!!?」
斬撃を、浴びせられなかった。
鋼鉄の塊にでも当たったかのように、刃がはじかれたのだ。
「なんだと、この女ッ!」
メフィストはふたたび
それどころか、少女にはかすり傷一つつかなかった。
涙目で怯える顔を遠慮なくぶった斬ってやるつもりが、髪の毛一本たりとも斬ることができなかった。
「チッ、とんでもねぇナマクラじゃねえか! ふざけやがって!」
所詮は英雄に使われた刀など、人間の作り話だった。
そんなイライラした思いで、メフィストはやつあたりに少女を殴りつけると――
――かんっ。
「でっ!?」
なんと、少女を殴った自分の拳のほうが弾かれた。
少女には傷一つついてない。それどころかメフィストは、殴った自分の拳に痛みを感じていた。
最初はメフィストを怖がっていた少女の瞳には、今や呆れの感情すら入っていた。
いまや完全に少女はメフィストを脅威と見なさなくなっている。
「……お前、オレを――」
オレをなめているな、とメフィストが少女を恫喝しようとする直前。
少女を襲おうとしていた6匹のゴブリンが、メフィストも敵とみなして襲いかかってくると、
「ッ、邪魔だ!!」
反射的にメフィストは、ゴブリンたちめがけて刃をなぎはらった。
すると。
――ドバアアァァァァァン!!
強大な衝撃の奔流とともに、ゴブリンたちが一斉にぶった斬られてしまった。
「………………えっ」
メフィストは開いた口が塞がらなかった。
メフィストに剣術の心得は無い。
なのになぜ、ゴブリンを斬るときに限って
メフィストは、わからなかった。
結果的にメフィストには、ゴブリンの魔の手から少女を救った、という事実が残ってしまった。
* * *
今のメフィストには知るよしもないが、
むしろ最初は悪人のほうが多かったぐらいだ。
なのになぜ歴代の
それは
使用者から善を傷つける力を徹底的に奪い、悪を祓う力のみは莫大に増強する。
選択の余地なく人助けせざるを得ないようにする、所有者を含めて悪を撲滅する魔の刀。それが
悪魔という種族でありながら
それは多くの人々を助けて魔王という巨悪を討つ、悪魔にとっては屈辱の極みである英雄の道だ!!
助太刀のメフィスト 田村サブロウ @Shuchan_KKYM
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