市街地の森
鮭さん
第1話
子供たちが川で遊んでいて、母親たちがその様子を川岸から眺めている。突然警報が鳴り、子供たちが川から出て行く。川上からどばーっと濁流が流れてくる。暫くすると川の水量は穏やかに戻るんだけど、逃げ遅れた子供が行方不明になってしまったようで、川岸では一人の母親が「どうしたのー??どうして帰ってこないのー??どうしてー??」と不思議そうに叫んでいる。一方川の中では黒い潜水服に身を包んだ捜索隊がゆったりと泳ぎ回り、草をかき分けたりして子供を探している。鯉のようにゆったりと。僕は川の近くの建物の二階の窓からその様子をただ眺めるの。昼ごはんを食べながら。
そんな夢を見た。
今日は運動会があるから土曜日だけど学校に行かなければいけない。月曜日に振替休日があるから別にいいのだけど。でも運動会は嫌だな。元気に行進なんかしなきゃいけないから。なんで行進しなければいけないのだろう。手の先をピンと伸ばして行進しなきゃいけないんだろう。ああ、布団から出るとテーブルの上には味噌汁とご飯と卵焼きが載っていて、僕はこれからそれを食べる。お父さんは3年前にダムの事故で死んでしまったんだ。だから今はお母さんしかいない。ちゃっちゃっと食べて運動着に着替えて外に出る。
「いってきま〜す!!」
ああ、晴れているなあ。てかてかに晴れているよ。学校に向かう。運動会の日は家から体操着を着て行くことが許されているんだ。みんな学校指定の白い体操着を着ている。街に寄生したウィルスみたいに白い体操着があちこちあちこち。市街地の中にちっちゃい森みたいなところがあって、近道になるからそこを通る。薄暗いから行くなと言われているのだけどいつも通っている。みんなは怖がって通らないからこの森に入るのは僕だけなんだ。一歩踏み入れるともう景色は一変する。街の中にちょこっとできた森だとは思えない。木々が空を覆っている。うっすらと道のようなものがあるので進むのには苦労しないのだけど、一昨日降った雨のせいでまだ地面はじとじと湿っている。森の中はちょっと昔のことを思い出させてくれるのかもしれないね。奥の方にうっすら人影が見える。なんだかぼうっと立っているみたいだ。珍しいけど気にしないで進む。いつもは僕一人だからね。森と一体化してるみたいだな。
「おはよう。」
すれ違いざまに聞こえてきた。細い枝みたいな女の人の声。見向きもせずに僕は進む。淡々と歩く。女の人もきっとそれを望んでいたんじゃないかな。きっとそうなんだと思う。じとじとしている地面を進む。走ったらぬかるみに足を取られて転んでしまうかもしれない。そんなことをしたら体操着がどろんこになってしまうよ。泥んこになるのは嫌だな。むしむしして気持ち悪いから。森の中の風景は変わらない。街の光が見えてくるまではいつもずっと同じなんだ。トンネルの中みたいに。小さい頃に家族で旅行した時はトンネルに入るのが楽しみだったな。なんか不思議な世界に入ったような気がして。街が見えてきたら運動会に行かなきゃいけない。手を伸ばして行進しなきゃいけないんだ。うー、やだなあ。面倒くさい。でも今日はいつもより長い気がする。トンネルが長い気がする。いつもだったらそろそろ街が見えてきてもいい頃だと思うのだけど全然光が見えてこないなあ。そう言えば運動会、僕は何の種目に出るんだったっけ。ええと、徒競走とチャンスレースと騎馬戦か。ああ、騎馬戦がある。相手のチームの帽子を取るんだったっけな、確か。そんなことを考えているとまた奥の方にあの女の人が見えてきた。
「おはようございます。」
今度は僕の方から挨拶してみたんだけど、返事は返ってこなかった。
市街地の森 鮭さん @sakesan
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