ネット小説家のとあるオフ会

サイトウ純蒼

ネット小説家のとあるオフ会

「……ここは?」


ヨースケが目を開けるとそこは全く見知らぬ場所であった。

手足が縛られている?

周りを見ると同じように手足を縛られた人達が数名いる。ヨースケはここに至るまでのことを少しずつ思い出した。



そう、あれはネットで小説を書いている人達のオフ会のこと。ヨースケは招待を受けそれに参加していた。主催はあまり知らない人であったが、参加する人が小説投稿サイトで有名な方ばかりであったので興味を持った。


会場にはたくさんの食事や飲み物、そして普段ネットで名前しか見えない人達が多く来ていた。初対面ではあったが共通の趣味と言うこともあり、オフ会は中々の盛り上がりを見せていた。


――しかしそのあとの記憶がない





「ようこそ、皆さん」


ヨースケは後方から聞こえるその声で我に返った。捕えられている皆がその声の主の方を振り返る。

若い男だ。きちっとしたスーツに眼鏡の男。不気味な笑みを浮かべている。



「状況がよくお分かりではないかと思いますが、ひとつだけ言っておきますね」


男は眼鏡に手を当てながら言った。


「我々の指示に従わない場合は、死んで頂きます」


突然の通告に会場が静まり返る。男が続ける。



「いえ、指示は簡単ですよ。皆さんの共通点、と言えばお分かりですね?」


ヨースケは男の顔を見る。


「皆さんにはここで小説を書いて貰います。そして新たに開設した小説投稿サイトに良質な作品を毎日投稿し、皆さんのお力でそのサイトを盛り上げて下さい」


皆、静まり返って男の話を聞く。


「ご安心を。衣食住はしっかりご準備しております。ただ外部との連絡は取れません。皆さんのスマホはすべて回収しましたし、執筆するパソコンもその投稿サイト以外にはアクセスできないよう設定してあります。もちろん作品も投稿する前にすべてチェック致しますよ。黙って投稿した場合には……、分かりますね」


男は笑みを浮かべてはいるが、その眼は笑ってはいなかった。




突然始まった小説を書くだけの日々。

大きなホールのような場所にたくさんの机が並べられ、そこの無数のパソコンが置かれている。そこに連れられてきたネット小説家達が黙々と小説を書いている。


あとになって気付いたのだが、ここには様々な投稿サイトで書籍化や多くの読者から支持を受けている言わば【投稿サイトの売れっ子作家達】が集められていた。


勿論そうでない者も多くいたが、ヨースケには何だか自分がいていいのか分からなかった。



――何の為にこんなことをするのだろう


ヨースケはその目的を考えたりした。

新しく作られた小説投稿サイトの利用を指示されたのと何か関係あるのだろうか。しかしそれらは明かされないまま一週間が過ぎた。



小説を書くことは好きだ。

以前はずっとひとりで一日中小説を書いていたいと思ったこともある。

しかし何の前触れもなくこんなところに連れて来られ一週間もいると、皆のストレスや不満も溜まる。


作業時間はもちろん、食事や風呂、寝室まで監視カメラが付けてあり自分達の会話は管理されている。ストレスが溜まるのも無理はない。


ヨースケは指示された新作の小説を書きながら、何とかここから脱出する方法を考えた。




そして更に2週間が過ぎた。


バン!!


作業場のドアが勢いよく開かれる。


「警察だ!!! 皆動くな!!!!」


入ってきた警察は拳銃を構え大声で叫んだ。防弾チョッキにシールド、フルフェイスのマスクと完全防備だ。

監視についていた人達が驚いて手を挙げる。素早く動く警察。次々と運営の人達を逮捕して行った。



「よし! 上手く行った!!!」


ヨースケと一部の小説家達はガッツポーズをとった。

事情が分からない他の小説家達が喜ぶヨースケ達に尋ねる。


「なに簡単だよ」


ヨースケは皆に説明を始めた。


「毎日9人の仲間に短編小説を書くようにお願いしたんだ。ただ、作品名の最初の一文字目だけこちらで決めさせてもらった。平仮名でね」


「短編小説?」


「ああ、そうだ。そして出来上がってチェックを受けた後、僕の合図で順番に投稿して貰った」


皆がヨースケの顔を見る。


「たとえば昨日の投稿だと……」


そう言ってヨースケはパソコンのマウスを握り、新作投稿一覧のページを開いた。


「見てごらん」


ヨースケの声に皆がパソコンの前に集まり、そしてその画面を見た。9名の小説家が書いた作品名が並んでいる。




【新作作品】

○月○日


たいようと僕

すばらしきこの小説界

けむくじゃらは好きですか?

てんと点々

こちら地の果て

ろばの尻

さよなら我が愛しの人

れんこんは好きじゃない

るるとななの大冒険



皆がパソコンの画面を見つめる。

しばらくの沈黙の後、ひとりの男が声を上げた。


「あ!!」


ヨースケはにやりとする。


「え? 何分かったの?」


男が説明をする。


「あれだよ、新聞の番組欄なんかで縦読みするやつ!!」


皆がパソコンの画面の文字を読み始める。


「た す け て こ ろ さ れ る……、あ! なるほど!!」



「実際これを一週間のうちに何度かやってね。読者の人達が見つけてくれるかは賭けだったけど」


ヨースケは頭をかく。すると後ろから別の声がした。


「素晴らしき仲間と、そして読者達だな」


ヨースケが振り向くと中年の人の良さそうな刑事が立っていた。刑事が続ける。


「そしてそれに気付いた読者が通報し、そして我々が捜査に乗り出したんだ」


ヨースケが言う。


「よく分かりましたね。この場所」


中年の刑事が答える。


「まあ最初は半信半疑だったけどね。でも大量の行方不明者が出ており、そしてその共通点が【ネット小説家】と言うことまでは分かっていたからピンと来たよ」


「刑事の勘ってやつですか」


ヨースケが言う。


「その通り。後はうちのサイバー部隊が徹底的に調べ上げたよ、あっという間にね」


中年の刑事は得意気に話した。


「ではここを出ようか。君達は我々が保護する」


「はい」


ヨースケ達は大きく返事をして警察の後に続いた。





カチッ


私は新しく書き上げた短編【ネット小説家のとあるオフ会】を書き終えると、推敲の後小説投稿サイトに新たに投稿した。


すぐに既読のマークが付き、そして同じネット小説家や読者から応援のメッセージが届く。



「素晴らしき仲間に読者達……」


私は感謝をして静かにパソコンを閉じた。

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