何も言わなくても
@anything_else
完璧主義の裏側
泣いてはいけない。生徒会長だって普段は学校に来てないけど今日のクラスマッチには来てくれた。働き者の副会長はいつもにも増して働いている。頼りになるからずっと頼りっぱなしだ。もう一人の書記も効率よく進めてくれている。会計も同じく。会長、副会長、もう一人の書記はグラウンド担当、書記の私、会計は体育館担当で運営。私以外の生徒会執行部は上手く立ち回っている。本当に情けない。自分にしかできない仕事って何だったんだろう。完璧主義の私が顔を出す。
どこか泣いてもバレない場所はないか。気づいたらそんなことばかり考えていた。このままでは全校生徒の前で涙が溢れだしてしまう。体育館のステージ上、何もできずに立ち尽くす。心臓はもう持たない。
逃げたい。何から逃げたいのかは分からない。今日まで精一杯できることをやってきたつもりだったが、クラスマッチ当日になってトラブルばかり起こして行事運営を止めてしまった私だ。執行部として最悪。自分自身から逃げたい。悪い夢だとでも思いたい。もう無理だ。死にたい。こんなこと口に出したら周りは「大丈夫?」みたいな当たり障りのない心配だけして私の前から去って行くんだろう。何もしてくれないクセに他人への軽い心配だけは得意になった人間のどれほど多いことか。もういいや。自分に落胆しているだけなら迷惑かからないでしょ。……気づいたら目の前の文字が滲むほど涙が溢れていた。
人目につかない場所を探さなきゃ。スマホを開くと去年撮った桜と現在時刻が待ち受けの画面に表示された。まだ閉会式まで時間はある。それまでに高速でドン底まで落ち込んで時間と共に回復しよう。試合音が鳴り響く体育館を後にして私は学校のシンボルにもなっている桜の木に走った。急げ、時間がない。
無茶苦茶に走ったのなんて久しぶりな気がする。文化部の私にとっては運動そのものが縁の遠いものであり、激しい呼吸にも慣れていない。目的地の前に着いた瞬間、地べたに座り込んだ。ずっと立ちっぱなしでいたから脚の力がガクッと一気に抜けたような感覚だった。深く息を吸って吐く。何回も何回も。桜の幹に片手を押しつけて、まるで一緒に呼吸するみたいに。ようやく息も落ち着いた頃、頬を涙が伝った。ここまでよく堪えた。声を殺して泣く。やっと一人になれた。嫌いな自分と一人っきりに。やっと冷たい心の底に沈める。
しばらく泣いて嗚咽を堪えるのも厳しくなってきた頃…後ろから
「大丈夫ですか?」
という声。こんな人通りの少ないところで声をかける対象は私しかいない。視界が涙で歪んでいる。誰なのか振り返ることさえ出来ない。間違いなく見つかった、どうしよう。何も言わずに此処を去ろう、そう思って立ち上がったその時───
「大丈夫。」
突然後ろから抱きしめられた。身体が熱くなる。逆上せるような、蒸発するような、深い底から救い上げるような。声でこそ分からなかったが、その温もりには心当たりがあった。だから
「……誰にも言わないで、お願い。」
と微かな声で叫ぶと抱きしめる手が少し緩んだ。何とか絞り出した言葉だけで通じた、と思った矢先
「大丈夫。」
もっと強く抱きしめられた。涙が止まらない。分からない。
どうして何も聞いてないのに分かるのか。どうして何も言ってないのに安心できるのか。どうしてこのままでいたいと思うのか。
彼の両腕がほどけたのは私の嗚咽が収まった頃だった。あれから何も言わず、ただ時が経つのを待ってくれた。
「───仕事に戻ろう。」
私がそう切り出して歩き出すと
「おう。」
とだけ言って私の隣に追いつくように早歩きした。自然と並んで歩く。歩幅は私の方が小さく、彼の方が大きい。いつもは働き者の彼の方が歩くスピードは速く、私は置いてけぼりにされている。でも今日この時は私に合わせて歩いてくれているらしかった。
「何で此処にいるって分かったの?」
少し笑って誤魔化しながら聞いた。すると何にもない澄みきった空を見上げて
「毎年春になると桜の写真撮ってるだろ。だから此処しか思い浮かばなかった。」
と言ってきまり悪そうに私を追い抜かして行った。
やっぱり彼には敵わない。
そんなことを思いながら彼はグラウンドへ、私は体育館へと戻った。
何も言わなくても @anything_else
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