第2話 女王

 耳元でひそひそと囁きあう声が聞こえる。

 重たい瞼を開けると頭痛と共に視界に飛び込んできたのは紳士的にスーツを着こなした山羊と二股の尾を持つ猫の姿だった。


「なっ...!?」

「おっと、お目覚めですか」

「そんなに怖がらないで___お嬢様」


 頭が回らなかった。山羊が、猫が、人の言葉を発したのだ。


「あ...と......えっと」


 猫は私がいるベッドに飛び乗った。

 山羊は頭を下げ、まるで貴族がする挨拶のように振舞った。


「これはこれはご挨拶が遅れました、申し訳ございません。______お待ちしておりましたリリーお嬢様。今日からお世話を致しますバルトと申します」

「私はアリア、ただの猫よ」


 バルトと名乗る山羊と、アリアという猫...どちらとも不思議なことに気品に溢れ何故か美しかった。


「あのっ...えっと、ここは? それにお嬢様ってなんですか...?......私の名前を知ってますし......」

「おや...?お母様からお聞きになられて来たのでは...?」

「いえ...」


 バルトはしばらく考え込むような姿勢をした。そして再び貴族のようにかしこまった様子で言った。


「もしや、魔法のこともご存知ありませんか?」

「...魔法?」

「......ではまずリリー様のお母様、エリサ様は偉大なる魔法使いでございます。__________そして魔法界を統括されておりました女王です」


突然のことに思考が追いつかない。

魔法?女王?

あまりにも非現実的なことに呆気を取られた。


「それはそれは素晴らしい魔法使いで、普通の魔法使いであれば結界でこの森にすら入ることは出来ません。ですがエリサ様は結界なんて無かったかのように自由に出入りしていたのです。そしてある時、魔法使いでは無い男性と恋に落ち、リリー様を出産致しました。...私共はてっきりエリサ様から魔法のことも全てお聞きになられて再び魔法界を統括すべくお帰りになられたのかと...」


私はここに来る前の事を思い出した。火炙りにされる母は何かぶつぶつと唱えていて、勝手に私の足が走り出したこと。あれが魔法だとすると母は本当に魔法使いということになる。

 私は少し間が空いた頃口を開いた。


「...お母さんは死にました。魔女の裁判にかけられて」


 母との思い出が溢れかえってくる。

 私をぎゅっと抱きしめてくれる母の温かさが大好きだった。

 けれど、それとは違う母の姿を私は知らない。


「私...お母さんのことをもっと知りたいです。魔法のこともたくさん知りたい」


 声が震える。涙がポタリと布団に染み付いた。

 アリアは目元に溜まった涙をペロリと舐めた。


「そうだったのね......お母様のことはとても残念だわ、けど、あなたがお母様のことをもっと知りたいと思うのであれば是非お手伝いするわ」

「勿論、この私もお手伝い致します。そしてエリサ様がお亡くなりになられた今、この館の主はあなたです。この館はエリサ様がお過ごしになられた数々の記憶を持っています。_______ふとした時、あなたにエリサ様との記憶を見せてくれるでしょう」


 私は涙を拭った。母はもういないけれど、母の愛したこの場所を、魔法をもっと知りたい、そう思えた。


「館の主とあれば、あの儀式を行いましょう」

「儀式?」

「館との契約ですよ」


 バルトは「頑張ってくださいね」とだけ言った。

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