星が見えない夜 4
扉一枚で
「適当に座って待ってて」
ハルキはそのまま玄関に座った。玄関からすぐにキッチンがある。鼻歌をうたいながら、しおりは冷蔵庫を開けた。冷蔵庫から漏れる光が、薄暗い玄関を照らしている。しおりは缶ビールを取り出すと、強引にハルキに渡す。
「ハルキくん。なんで玄関に座ったままなの? 入っていいよ」
「いえ……」
バスタオル一枚のしおり。
目のやり場に困ったように、視線をそらすハルキ。
「……すみません」
「ハルキくん最近、素っ気ないね? しおりは一人で寂しかったよ」
立ち上がろうとするハルキに、しおりが抱きついてきた。帰るように見えたのだろう。
「待って! 帰らないで」
勢いでバランスを崩し、倒れる二人。しおりがハルキに覆い被さる状態のまま、二人は見つめ合う。しおりはまっすぐに見つめている。
「いえ、帰ろうとしたわけでは……」
なだめようとするハルキの手が、しおりの肩に触れる。しおりは一呼吸すると、切なそうな表情で見つめた。
「ハルキくん、キスしてもいい?」
「しおり様……」
戸惑うハルキの言葉を遮るように、しおりは唇を重ね合わせる。一瞬だけ触れるような短いキス。部屋の照明だけが、玄関を小さく照らしている。夢か現実か不明瞭な空気感。
「ハルキくんが好き」
しおりはハルキを抱きしめる。困惑の色を浮かべながらも、ハルキはしおりの髪を撫でた。
「しおり様、そんな格好をしていたら、風邪をひきますよ」
「ハルキくんが一緒に寝てくれたら、寒くないよ」
「しおり様、何をいっているのですか」
「セックスしなくていいから、一緒に寝てよ」
しおりは悲しそうな顔をする。
ハルキは一瞬考えたあと、微笑みうなずいた。
「わかりました。しおり様が今夜安心して、眠れるようにお手伝いします」
ハルキはしおりを支えながら、ベッドまで移動する。見覚えのあるものに気がついた。白と黒の模様をしたマレーバク。
「これ覚えてる? ハルキくんがとってくれた、ユメクイのぬいぐるみだよ。あの日からずっと、ハルキくんだと思って一緒に寝てる」
しおりはぬいぐるみを抱きしめて、ベッドにもぐりこむ。ハルキは床に座ると、ベッドサイドに頬杖をついた。隣にいないことに、しおりは少し不服そうだ。
「ユメクイがもし、存在するとしたら残酷な動物だよね。悪い夢を良い夢にかえてくれるなんて、良いことのように思ってしまうけど。それって目が覚めてしまえば、何の意味もないじゃない。美しい夢なんて一瞬で、目が覚めたら現実では一人なんだもの。夢が美しいほど、現実がつらくなる」
――残酷な動物。
その言葉にハルキの表情は、一瞬だけ曇る。
「……夢をみるのが嫌なのですか?」
ハルキがよかれと思い見せた夢は、本当はしおりを苦しめていたのだろうか。
「ううん、逆。美しい夢ならずっと夢の中にいたいの。それが叶わないのであれば夢なんて、永遠にみなくていい。わかるでしょうハルキくん」
「それはどういう……」
しおりは上半身を起こすと、身につけていたタオルをはずした。薄明るいオレンジ色の灯りが、二人だけを照らしていた。
「ハルキくん、お願い。抱いて」
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