星が見えない夜 2
クラブ明晰夢内。
落ち着きなく店内を歩き回るハルキ。
その姿をヒカルは見つめている。
「注文したら違うものが届いた」
営業開始前のクラブ明晰夢。店内は明るい。
ヒカルは四個の段ボール箱を一個ずつ無造作に床に置く。静かな店内に響く鈍い落下音。
「ヒカル。……ビルの上に誰かいたの気づきました?」
「誰かいた? 屋上なんて人が中から出られないように鍵がかかっているでしょ」
「いえ、人ではなくて……」
人ではないなら一体何なのだろう。不思議そうにハルキを見つめるヒカル。
「見間違えでしょ。それにしても……」
ヒカルは納品書を見ながら深いため息をついた。
「やっぱり。ミネラルウォーターじゃなくてトニックウォーターが届いてるよ」
「四箱、ですか」
「だからせめて二箱買ってきてって言ったじゃない。ハルちゃん」
「でも、ヒカルが発注間違えたのでしょう?」
「だから二人で買いに行こうってことだよ」
クラブ明晰夢があるビルの近くには小さなスーパーマーケットがある。品揃えは良くはないが、飲料の種類だけは多い。
ミネラルウォーターを四箱頼むところをトニックウォーター四箱と間違えた。ヒカルの発注ミス。
ミネラルウォーターの在庫は数本程度。店内の在庫数としては不足している。
「一箱ずつ持てば二箱持ってこれるじゃない」
「でも店番がいなくなります」
店内にいる従業員は、ハルキとヒカルだけ。
「こういう時に限って出勤してくる従業員が少ないんだよね」
「店内に来るお客様は新規の予約した方だけですからね」
「予約なんて無視してくるお客さんもいるじゃない。お客さんが来たらどうするつもりなの」
クラブ明晰夢は会員制のうえに予約制。
突然来るお客さんはほとんどいない。
正確には時々いるのだが、ビルの最上階のこのお店になぜか誰も辿り着けない。
一部では『幻のお店』だと噂されている。クラブ明晰夢。予約した会員様だけが辿り着ける不思議なお店。
重く低い鐘の音と共に入り口の扉が開く。女性が二人、クラブ明晰夢を覗き込んだ。
この時間はご新規様も予約も入っていない。ハルキは驚き過ぎて言葉が出て来なかった。
「お店の前にいたから連れて来ちゃったよ」
女性二人の間を割り込むように店内に入って来る男がいた。彼は得意そうな顔で笑いながらカウンター席に座る。良いことをした、とでも言いたそうに。
「……ジョシュくん、どういうことですか」
ハルキがカウンター席のジョシュに問いかけたその時、ヒカルがジョシュの腕を引っ張って店の外に出て行ってしまった。
「良かった! ジョシュくん、オレと一緒に買い物に行こう」
閉じかけた入り口の隙間からヒカルの声だけが店内に響いていた。
店内には女性二人とハルキだけが取り残されたようにたたずんでいる。
「お久しぶりですね」
ハルキは女性客の一人に見覚えがあった。
重大なミスを犯したあの日。しおりとコンビニに寄った日に会った女性。確かヒカルのお客さんだったはずだが。
そのヒカルはジョシュと逃げるように店内から出て行ってしまった。
「私達はクラブ明晰夢に来るつもりはなかったんです。だけどビルの前にいたらあの男の人に無理矢理連れて来られて……」
あの男の人、とはジョシュのことだろう。
無理矢理とはいっても店内に来たからには『お客様』。ハルキはヒカル達が戻るまで二人を接客することにした。
入り口から一番遠い八番テーブル席に案内する。マニュアル通りに在籍従業員の写真とプロフィールが載っているファイルを彼女達に渡した。見覚えのある女性客はただ黙って出されたウーロン茶を飲んでいる。隣の女性客だけは真剣にファイルをめくっていた。
また入り口の扉が開く音がする。
扉に設置してある鐘が重く低い音色を奏でる。
「どうしても会いたくなってしまって、ここに来ちゃった……」
ハルキが見つめる入り口には、佐藤しおりが
立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます