ユメクイの白昼夢 2
「いらっしゃいませ」
「やっぱり店内は涼しいね、ハルキくん」
夏の終わり頃。とはいえ、外は暑い。
雲一つない晴れ渡る空の下。誇らしそうに頭上に輝く太陽。灰色に輝くアスファルトの地面から照り返す熱線に汗が滲んでくる。すれ違う人々は皆、流れる汗を拭いながら歩いている。
汗が一瞬でひくほど冷房の効きすぎたコンビニエンスストア。外との激しい温度差。冷えた店内はまるでオアシスのよう。
「そういえば。ハルキくんは全然汗かいてないね?」
しおりはハルキの顔を見上げながら話しかける。並んだ二人の間にはそれくらいの身長差がある。ハルキは聞こえてないのか無言のままだ。その姿が、しおりの目にはクールに眩しく映る。
──嫌な夢を、良い夢に変えてくれる──
ハルキはため息を漏らす。
「……そんなに良い魔物はいないですよ」
「は?」
しおりの声でハルキは我にかえる。
「あ、いえ独り言です。そうですね、汗ですか。あまり出ないですね。体質かもしれない」
「……ちゃんときこえていたんだね」
うっとりとした表情を浮かべながら、しおりはハルキの腕によりかかる。
「本当にハルキくんは完璧。何もかもが綺麗すぎて、まるで人間じゃないみたい」
客が耐えぬ中心街のコンビニエンスストア。人目も気にせず、しおりはハルキと二人だけの世界にでもいるように振る舞う。
ただでさえ暑い日。いちゃつくカップルのようにしか見えない二人。場をわきまえていないような様子。そのせいか通りすがりに舌打ちをする客までいた。
ハルキがクーラーケースを開けて炭酸水を選ぼうと手を伸ばした時だった。
「あれ? ハルキさん?」
アニメにでも出てきそうな特徴のある女性の声。
「うっそ! こんなところで会うなんてことあるんですね。わぁ~、昼間の明るい場所で見ると本当にハルキさん綺麗ですね」
アニメ声の女性は見た目は二十歳そこそこだろう。黒いTシャツにパンツを合わせたカジュアルな服装。ストレートにおろしたセミロングの栗色の髪。見た目は今時のどこにでもいそうな若い女の子。外見から受ける印象のわりに終始崩れない敬語が丁寧な印象。
ハルキは困惑した表情をしながら機関銃のように話す女性を見つめている。誰なのかわからないようだ。クラブ明晰夢のお客さんであることだけはわかるのだが……。
「ハルキくん、この女の子だぁれ?」
割り込むように、しおりが間に入る。
女性はしおりとハルキを交互に見る。
「ハルキさん仕事中ですか。話しかけてごめんなさい」
女性は笑顔のまま軽く会釈をすると早足でレジに向かい、コンビニを出ていった。
「あの人はクラブ明晰夢のお客さんですよ。ぼくの担当ではありませんが……」
「そう。なんだか嫌な感じの子だね。ま、いっか……」
しおりは何かを考えるように俯くとそれきり静かになってしまった。
クラブ明晰夢では暗黙のタブーがある。
――『お客様同士が鉢合わせする』――
そもそもクラブ明晰夢ではお客様同士が鉢合わせなどすることはあり得ない。
……はずなのだけど、その理由にさえ気付かないくらいハルキは上の空だった。空想に
夜になると活動する街。そこから少し離れたビルの最上階に『クラブ明晰夢』がある。
お客同士がライバル
自分が
「彼を本当に心から想っているのは私だけ」
「彼が本当に信頼しているのは私」
女性の自己犠牲的な愛情。
まるで『子を想う母親』。
母性本能に近いものだろうか。
とにかくその女性客の
その結果、『店』は儲かるのである。それが『商売』。
しかし、『クラブ明晰夢』には『儲け』だとか『見栄』だとか関係のないこと。『クラブ明晰夢』の目的は彼女達が見る『夢』。それだけなのだから。『お金』は関係ないのである。
そう。ハルキはこの
もちろん、ハルキはそのミスに気付いていない。
コンビニで会った『クラブ明晰夢の女性客』のせいだろう。この後も、しおりのテンションは上がらなかった。ただハルキと一緒にお昼ご飯を作り、そのまま会話も盛り上がらず気まずい雰囲気のまま。しおりが指定した『二時間』は終わった。
テンションが下がったしおりとは真逆に、ハルキはいつもとは違っていた。指定された時間が終わることを気にしていた。
「次はいつ会えるんですか?」
自然とハルキが口に出した言葉も、しおりには響かない。
小さな『ズレ』。その微差が重なり続けるといつか大きなズレになり取り返しがつかなくなる。そんなことには気付かないまま、ハルキはクラブ明晰夢に戻って行った。
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