第1話

「・・・結局、帰ってきたのか」


 六月の空に、雨が降りしきっている。個人的に雨は好みだが、生活に影響する程のそれには流石に閉口する。今は後者だ。カーラジオから流れる声が、『前線は暫く停滞する』と言っているのを聞いて、更に気分が落ち込まざるを得ない。

 ・・・自分は冷酷な人間だと長年思っていたが、どうやら違ったらしい。少なくとも、恩人の頼みを無下に断れるほどの人間では無かったようだ。お陰で住み慣れたアパートメントを出て早三日、今はこうして、再びこの地を踏もうとしている。


――城塞都市ツェントラール。


 まるでコロッセオのような壁は、いつ見ても見る者に威圧感を感じさせる。数年前まで戦場だった事を嫌でも実感させる佇まいだ。

 そして、その入国体制も相変わらず厳しい。入国者にはありとあらゆる検査が課され、僅かでも怪しい者は一切の入国が認められない。そのお陰で、入国手続きのための彼等はもれなく、車列を地平線の向こうまで作ることになる。事実、目の前はその様で・・・自分の見立てでは、後三時間はこのままだろう。

 と、車列の向こうから、一台の車が走ってくる。黒のシトロエン・DSだ。冗談のような速度で飛ばしていたかと思うと、突如として自分の横に急停車した。


「ドライゼ・シュミット様ですね」

「・・・そうだが」


 降りてきた若者はにこやかに笑いかけると、自分の手を取った。


「さあ、お乗り下さい。支配人がお待ちです」






 奇妙な光景だった。自分はシトロエンのリムジン並みの後席に座り、快適な運転を味わっている。後ろからは、今まで乗ってきたロイト・アラベラが、ぴったりと付いてきている。


「随分と派手な送迎だな」

「恐れ入ります。何分、急を要するもので」


 若者はレイターと名乗った。もっとも、名を名乗らなくても知っている。ホテルの経営をしている旧い知り合い、その息子だ。当の本人は知らないようだが、むしろ都合が良い。ただの上客として扱ってくれれば、こちらとしても無駄に気負う必要は無いからだ。


「で、その急用ってのは」

「姐さんからのお手紙は、ご覧になりましたか」

 

 ・・・そうで無ければ来ていない。


「ご無礼を。――クロエ嬢を誘拐した組織が動きました」

「・・・存外に早いな。要求は何だ、身代金か?」

「・・・冷静ですね?」

「要人の娘を攫って身代金を奪って高飛び、誰でも考えつく事だ。大方、護衛無しで相手の指定したところに来いとか、そんな類いだろう」


 若者は目を丸くする。


「よく分かりますね」

「単純なんだよ、こういう連中は」


 事実だった。ただ、この計画を考えた連中は、少しばかり歴史に疎かったらしい。リコリス・クラインに、更にこの地ツェントラールに手を出す辺り、相当なものだ。


「・・・また、仕事か」

「何をするんです?」


 そんなもの、一つに決まっている。


「教育だよ」

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リザレクション 猫町大五 @zack0913

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