暇乞い

 青く輝く大水晶。シャンデリアのかわりに吊り下げられた巨大な鉱石。それは今や焦点具として機能していた。

 その焦点具の下に、青い球体がある。なかには一匹の犬が囚われている。

 縹色はなだいろの光の線でできた、正十四角形。その骨格をいくつも重ねて造られた、牢獄。そのそれぞれが同中心のまま、ばらばらの中心軸で回転している。その檻のなかで、リタは夢さえ見ることなく眠っている。

 その檻を前に、女王は杖を手に立ち尽くしていた。

「失礼します」

 女王は、透徹した瞳だけで来客を見る。

「何用か、フェルンベルガー」

 目元だけをさらす男、伏竜将がひとりは、うやうやしく片膝をつく。

「多忙かとは存じますが、喫緊の用があり、こうして馳せ参じた次第でございます」

「お前が穴ぐらから出てくるとは、何年ぶりであろうな。手短に申せ」

 フェルンベルガーは、閉じた目を開いて言った。

「お申しつけの蒼紋兵、総勢四千。たしかに製造いたしました。いつでも起動できるよう、休眠させております」

 血花王は表情を変えない。「それで?」

 フェルンベルガーは、細く、長く息を吐いた。そして、まっすぐに王を仰ぎ見た。

「おいとまを。頂戴したく存じます。僕は、生くるべきでない時間を――あまりにも長く、生き続けてしまった。あまつさえ、僕の魂がを生み出してしまったとあれば――償いを、させて頂きたく」

 女王は彼の方に向きなおる。彼の眼差しを見つめ、その目は細く、薄くなる。

「そうか――“簒奪の”め。勝手な真似を。

 テオドール。長きにわたる献身、大儀であった。お前の刻印の力があれば、指揮も容易かったろうが……何、ないならないなりに制御しよう。

 貴殿を伏竜将より解任する。貴殿の働きを、私は敬意をもって記憶しよう。

 さらばだ、“疾病の”」

 フェルンベルガーは、深々と頭を下げると、王に背を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る