停滞の仔

 人の子ハイン――ハイヌルフの中のトビアスは、恐怖を捨てて襲いかかる。

 犬の仔ハイン――トビアスの中のハイヌルフは、飛び退きざまに剣を振り下ろす。

 一の太刀を避け、ためらわずトビアスは距離を詰める。ハイヌルフは腰から短剣を抜くやナイフを弾き、軌道を逸らす。首を掻く一撃が届かないとみるや、トビアスは瞬時に斜め後方に蹴りを見舞う。

 ナイフを持った小人が、蹴りを受けて後ずさる。

 トビアスは幾多の敗北を経て、自分の力量をつかみつつあった。刻印による掌握は、いつも手痛い敗北の遠因だった。対するハイヌルフも、ひとたび刻印の起動を許せば致命傷になりかねなかった。それゆえ迂闊に攻めこめなかった。

「トビアス、つうんだっけか! なぜオレたちを襲う?

 ハインの体はお前のもんじゃねえのか。なぜ皇国に従う!」

 小人――オルゼリドが腹の底から叫ぶ。

 トビアスはその声を聞き流そうとした――だが。

「……知ったことかよ!」

 怒り狂う野犬のように、ハイヌルフの表情が歪む。

 ――もし。その問いかけを軽く聞き流せるほど、吹っ切れていれば。彼はここまで苦しまなかっただろうに。


 ――十年ほど前のことだった。

 トビアスは、何も知らない野良犬だった。知ろうとも思わなかった。うまいものを食い、メスと交尾して、強いものに咬みつかれなければ、それだけでハッピーだった。

 そう。――その女性に出会うまでは。彼は人間の肉体を得て、彼女に抱きしめられ、今まで感じたことのない感覚を味わった。

 メスを抱くのとはわけが違った。快楽のようでもあり、苦しくもあった。その女性を、トビアスは何も知らなかった。ただ、野犬コボルトだった頃には全て同じに見えた人間の中で、彼女こそが美しいと呼ぶにふさわしい、ということだけは分かった。

 トビアスは、そうして初めて「自分」というものを意識した。他人が自分をどう思っているのか。嫌われているのか、好かれているのか、信頼されているのか。

 ――愛されているのか。

『なんでって――好きだからよ。ふふ、やっとふたりきりになれたね』

「好き」という言葉。トビアスは最初、その意味がわからなかった。自分が好かれるということを理解できなかった――当たり前の話だ。犬人は明日のことなぞ考えない。「借りる」という口語竜語ゲブロヘン・ドラヘニッシュの動詞は、「もらう」と同義だ。だから、――明日あすも、その明日あしたも、未来永劫を保証する言葉の意味なんて、実感できなかった。

 けれど、人間の体を得たゆえか、トビアスはその「好き」が次第に分かるようになった。自分に笑いかけてくれること、自分と話したいがために喋ってくれること。それが、どんなに得がたく、尊くて、ふわふわと温かいかを知った。

 なのに。まるで、トビアスが彼女からそれを奪うかのように、トビアスがそれらを知るほどに彼女は冷めていった。触りもしてくれなくなり、話しかけてくれなくなり――会ってくれなくなった。彼は彼女の気を引きたくて、すかすかの頭で奮闘した。けれど、うまいものをあげても、野の花を贈っても、一瞥すらしてくれなかった。

 ――どうして。前はあたりまえだったじゃないか。なぜ……なぜなんだ。

 おれは、おまえとただ――いっしょにいたかっただけなのに!

 かつては気にされなかった身分の差。それを理由に、トビアスはまた独りになった。犬の頃には当たり前だった孤独に、彼はもはや耐えられなかった。

 トビアスが強硬手段に出るのに時間はかからなかった。警備をかいくぐり、彼女の寝室に忍びこんだ彼は、考えなしにナイフを何本も携行していた。暗殺者と疑わない方が難しかった。――彼はただ、自分にぽっかり空いた穴を埋めるのに必死だった。それが他人にどう思われるのかなんて、誰も教えてくれなかった。

 トビアスは恩赦され、尖塔に幽閉された。二度とまみえることまかりならぬ。そう言い渡され、誰にも会えず、餌だけを与えられて生かされた。――そのままであれば、いずれ彼が胸に空いた穴に喰い殺されるのは自明だった。

 失意の底から彼を救ったのは、黄銅の騎士だった。王の寵愛を常に受けていた彼を、トビアスは疎ましいとさえ思っていた。それなのに黄銅の騎士はわざわざトビアスを訪ね、自分は犬だからとぐずる彼に、素顔を明かして言った。

『私とて大差ない。陛下が私を信用してくださっているのは、私の人と成りではない。ただ私の剣を、有用と認めてくださっているだけのこと。

 トビアス……。いつまでそうしていじけているつもりだ? おまえがただの犬ではないと知っているのは、私を除けばおまえくらいのもの。そのおまえが、自分を犬と卑下して何とする。

 私が威信をかけ、陛下にかけあおう。戦え、剣を執るのだ。

 振り向いてもらいたいのならば、働きで示せ――おまえが、振り向かせるのだ!』

 その真摯な言葉に、トビアスは目が覚めた。彼は外に「他人」があることを知った。そして、他人を変えるためには、自分が変わらねばならないのだと悟った。

 彼は軟禁状態になると誰彼問わず教えを請い、一から武術を教わった。人間の体で戦えるよう、本能で振っていたナイフもすべて鍛え直した。それだけでは足りないと、不通になっていた刻印さえ、簒奪のに直談判して開門あけてもらった。

 そして、黄銅の騎士の推挙を受け、お飾りと陰口を叩かれながらも伏竜将となった。叙任の際、彼女はトビアスに一言の私語もなかった。けれど、彼には十分だった。

 美しい彼女から、その職務を与えられること。武勲を立てる機会をさずかること。それだけでトビアスは、踊りださんばかりに嬉しかった。無論、彼はがむしゃらに戦った。ナズルトーでかつての肉体と遭遇し、鼻っ柱を折られたことも彼を育てた。

 振り向いてほしい。話しかけてほしい――。たったそれだけを願いに、トビアスは戦ってきた。何度も自分のダメさ加減に心折れそうになった。それでも、その度にを思いだした。黄銅の騎士が――アントンが支えてくれた。

 ……なのに。

 その斑入りの犬人は、幼く見えた。犬だった頃の自分よりも、もっとガキだった。トビアスは刻印を使い、容易くその犬を仕留めた。もとより彼は他人の死をなんとも思っていなかった。――そのはず、だった。

「ガルー姉さんのかたきだ!」

 ガルー。どこかで聞いた名だった。そう――あのナズルトーで、彼が殺した犬人。

 そのメスは血塗れになりながら、草人の王――その器となる幼体をかばった。犬人にそんな勇気があるはずはなかった。負傷で凶暴になる者でも、命が危ないと分かれば命乞いするはずだった。

 なのに、その雌犬はしなかった。白いふかふかの毛を赤い血で濡らし、あれだけの深手を負いながら、仲間とはいえ犬人ですらない草人をかばった。刻印に捕えた時は確かにおびえていた。なぜそいつは、そんなことをした? それが、自分の命よりも大切なものだったというのか。

 人間サーヴァスとなったトビアスは、考えずにはいられなかった。自分にそれができようか、命を懸けて戦えるものか。勝ち目がなくとも、否、玉砕覚悟で滅ぶことができるのか。

 名も知らぬガルーの弟。あんなにおびえきった犬ですら、それができるというのか。

 考えれば考えるほど、認めざるを得なかった。――自分には、できるとは思えない。たとえ彼女を救えるのが自分の命だけだったとしても、そのために自分が死んでは、意味がないと思ってしまう。

 なら……

 犬ほどの勇気もなく、ためらいもなくかつての同族を殺す――もはや、おれは犬人ではない。でも、だからといって人間でもない。どれだけ取り繕っても、違和感から人は離れていく。目の前のことにすぐ気を取られ、今やっていたことを忘れてしまう。ちょっとしたことで癇癪を起こす。味の好みでさえ、犬だった頃に引っぱられて……。

 犬でも、人でもない。なら、おれはなんだ?

 ――その日の午後。待機を命令されていたトビアスは、詰所でずっと考えていた。なにも考えるな、そう自分に言い聞かせて戦ってきた。けれど、仇として追われるに至り、彼はもはや気づかぬふりができなくなっていた。

「どしたんだよ、ハイン」

 彼が顔をあげると、。彼はため息をつき、なんでもねえ、と答えた。探してやったのに、今さらふらっと現れやがって。

「……血の臭いがする。ケガでもした?」

 いいや。仕事でな。返り血は洗い流したはずなのに、と思いながら返す。愛弟子が伏し目がちに自分を見ているので、どうしたんだよ、と問い返す。

「……ねえ、ハイン。あのウワサって本当?」

 どれだよ、ゆっくり話せ。そう促すと、少年はおずおずとそれを口にした。

「女王さまが、を使うっていうウワサだよ」


 オルゼリドが前に出る。トビアスは一歩引き、遮二無二攻める小人を相手にしない。

 右手の得物を咥え、目にも留まらぬ速さで腰のナイフを抜き、投げる。

 たまらず、背後のハイヌルフは飛び退いた。彼はすでに詠唱動作に入っていたが、中断せざるを得なかった。他方、トビアスは歯噛みする。

 ――こいつら、戦い慣れてやがる。

 オルゼリドが裏切ったのは今日だったんじゃねえのか。それなのに、何年も背中を預けていたかのように連携してきやがる。投げナイフの数も残り少ない。

 あまり長く戦っている時間も、ない。

 トビアスは詠唱中断の隙を突くため、反転して果敢に身を乗りだす。立ち塞がろうとする小人を、体格の差で蹴り飛ばす。

 敵も、詠唱のために空けていた左手を腰にやりながら、右の銀剣を振りかぶる。

 ハイヌルフの銀の剣を、振り下ろされる前に左で止める。右手を振り下ろす。

 火花。ソードブレイカーが軋む。一瞬の拮抗。

「トビアス! ハインを殺せば、お前の肉体も死ぬんだぞ!」

「……そうだな」

 トビアスはハイヌルフを力で押さえつける。そのまま、小さな犬人の体へ無造作に蹴りを入れる。ハイヌルフの判断は早かった。拮抗する力をいなし、蹴る足にそって回転、右手を軸に左手を添え、大きく剣を切り上げる。

 瞬間、トビアスは大きくのけぞって回避する。

 トビアスの頬から血が滲む。彼は呆れ果てて相手を見る。おれの半分の背丈だぞ、ロングソードなんて馬上槍ランスにちかい大きさだ。それなのに、いくら羽のように軽いとうたわれる真白銀ミスライアとはいえ、こうも器用に振り回せるもんか?

 互いに大きな動作の後、無意識に接近戦を避け、距離を取った。

「トビアス。おまえは、ただ巻きこまれただけの犬人じゃないのか。そうまでして、なぜ簒奪の魔術師にくみする必要がある?」

 ハイヌルフはためらうように問いかける。けれど、すぐに彼は己の過ちに気づいた。

 トビアスが目を大きく見開き、犬のように犬歯を剥いていたから。

「黙れ――黙りやがれ! お前さえ、お前さえいなけりゃよう!」

 トビアスの手が、こめかみに触れる。前髪がはだけ、七芒星の刻印があらわになる。

!」

 刹那、ふたりは体が重くなるのを感じた。一年半前、ナズルトーで交戦した時とはわけが違った。刻印が馴染んだのか、焦点精度が高い。遅延などではない、もはや、停止と言ってよかった。激昂したトビアスがダガーを振りかざし、襲いかかってくる。

 その頭上、宙には回転するソードブレイカーがあった。刻印起動にあわせ、すでにハイヌルフはそれを投げていた。

「そうだ、前はこれで負けたんだよなあ?」

 静止するハイヌルフの目の前で、トビアスはゆうゆうと立ち止まり、片手でそれを弾き落とした。

「終わりだ。

 ダガーを構え、ハイヌルフの首を裂こうと水平に振りかぶる。

 刹那。ハイヌルフの脇から刃が突き出される。小さな短剣、嬰児みどりごのように小さな手。

 トビアスの額を汗が伝う。振りかぶったダガーを瞬時に戻す。刃先と刃先がこすれ、鳥の泣くような甲高い音が鳴り響く。

「オルゼリド……!」

 なぜ、――トビアスは悟る。ハイヌルフに気を取られ、オルゼリドの輪郭が二重に重なっていることに気づかなかった。《二重影ブリンク》――刻印で対象を“停滞”させるには、相手を視認しつづける必要がある。重なダブった影に焦点を合わせさせられていた……!

「悪いがよ、ハインとはオレの方がなげえんだよ!」

 オルゼリドは体格差をものともせず、胸を刺し貫こうと逆手に振りかぶる。

「こんの――!」

 トビアスは一歩引いて、そのナイフを避けた。……小さすぎて、弾きパリーもできない。焦って蹴りを入れようとするが、今度は察知され、目の前から小人が消える。

「ぎゃっ!」

 足を裏から切られた。ふりかえろうにもハイヌルフから目を離せない。

 くそ! 一瞬でいい、一瞬、全身を視界に入れられれば。

「ほらほら、オレはこっちだ!」

 素早く接近と後退を繰り返し、オルゼリドは背後に陣取った。伊達に長く盗賊ローグをやっちゃいないが、ひとりで大の大人を倒すのは難しい。なにより、コイツを殺せばハインの体は戻らない。オルゼリドは背後のハイヌルフに目をやる。

 だからよ。頼んだぜ、ハイン。

「ちっ――!」

 トビアスはハイヌルフへの視線を切る。隙を覚悟の回し蹴り、オルゼリドは屈んでなおも接近しようとする。だが、しゃがんだことで動きが止まった。

 トビアスは再びハイヌルフを凝視し、オルゼリドを無視して走り出す。

「停まれッ! ――お前だけは、お前だけは殺す!」

「しまっ――」

 オルゼリドが体勢を立てなおした時、ハイヌルフは蝋人形のように動かなかった。背筋が凍る。彼は弾かれたように走りだす。だが、間に合わない――

 トビアスの刃が、憎悪をのせて走る。かたきの首を掻かんと。

『――汝、疾く駆けよ。陽よりも、落葉よりも』

 トビアスが竜語の詠唱を耳にした時には、遅かった。

 首を狩るダガーは絡めとられ、白銀の剣が振り下ろされていた。

 流血。

「おい、おいおいおい! な、なに、しやがった――? おれの刻印は、まだお前をとっ捕まえてるってのに!」

 トビアスは渾身の力をこめる。だが、ソードブレイカーに囚われた右も、肩に食いこんだロングソードを支える左も、びくともしない。

 間一髪、さらに一歩前進していなければ――鎖骨を断ち斬られていた。

「それは、こちらのセリフだ……。というのに――これでは、せいぜいが等倍じゃないか」

 トビアスは嘘だろ、と冷や汗をかく。あの一瞬で《加速ヘイスト》を唱えたってのか。

 それはつまり、目を離したが最後、ハイヌルフが四倍速で襲いかかってくるということを意味していた。

「……なんでだ! おれは、おれはここまで必死でやってきたってのに! どうしてお前は、そんなにもカンタンにおれを超えやがる!」

 ハイヌルフは、答えない。

 トビアスは舌打ちをひとつ、左のダガーで相手の剣をそらし、蹴りをくりだす。

 しかしトビアスの足癖の悪さを、ハイヌルフは読んでいた。予備動作のため、組みあった力の均衡が崩れるのを察知し、ハイヌルフは大きく飛びあがっていた。

 蹴り足に乗られ、がくりとトビアスは体勢を崩す。だが彼は恐慌もしなければ、気圧けおされもしなかった。犬人の敏捷さを誰よりも知っていたし――なにより。

 ハイヌルフが自分よりも格上だと、頭でなく本能で理解しつつあったから。

 狙いも何もなく、ダガーを握った拳を振り下ろす。ハイヌルフは接近しすぎていた。己の間合いの内側にあって、回避も防御も不可能だった。接触呪文の準備をしていたハイヌルフにとって、そんな無鉄砲な攻撃は想定外だった。

 彼の顔面を、ダガーの柄がしたたかに打つ。詠唱は止み、ソードブレイカーに食いこんだダガーが袖に引っかかって宙に舞う。今だ、とトビアスは浮足立つ。

 だが。

「いッ――!」

 トビアスの背後に、激痛があった。

「簡単だと……? 簡単なものか! コイツが、どれだけの思いで秘術師になって、来る日も来る日も剣を振るってきたと思ってんだ!」

 思わず、トビアスは背後を見てしまった。さっき投げた自分のナイフが浅いながら背中に突き立っていた。

「ハインはな! 数え切れないやつらを救っておいて、ひとり救えなかった、ひとり殺してしまった――そんなことをいつまでも悔やむ欲張りだ!

 トビアス、お前は、何のためにハインを殺そうってんだ!」

 オルゼリドは負傷した腹を押さえながら、怒りを抑えられずに叫んでいた。

 おれの、目的?

 そんなの――決まってる。

「――もういい、眠れ」

 ハイヌルフに視線を戻した時、もう詠唱は終わっていた。ソードブレイカーを保持したまま、接触呪文をこめた指が自分に触れようとしていた。当たり前の話だ。奴は、四倍速なんだから。

「おまえがいるから、いつまでもたっても、おれは道化のままなんだ!」

 刹那、ハイヌルフは目を見開く。

「なッ――!」

 呪文をまとったその左腕に、ダガーが突き立っていた。

 “停滞”の運命。その発露は、生命を凝視しつづけることでしか得られない。

 だが――

 ハイヌルフのソードブレイカーに食いこんだダガーが跳ねあがった時、トビアスはそれをさせておいた。その後の解放は、彼の思いのままだった。

「おまえを殺せば、おれは、おれはやっと!」

 右腕を突きだす。ハイヌルフの右の胸めがけ。

 ――けれど。

 トビアスは、相手の覚悟を甘く見ていたことを思い知った。

 ハイヌルフは、たかが左腕一本、たとえもがれようと戦意を失うことはないのだと。

毒蛇の抱擁パラライズ・ホールド》。

 瞬間、トビアスは全身の筋肉が収縮し、一本の杭のように地面に転がった。突然の幕切れに、オルゼリドはまだ構えを解けずにいた。

「……死んだ、のか?」

「意識は明瞭だ。不用意なことは喋るなよ」

 オルゼリドに返事をしながら、ハインは剣を納め、顔を歪めて腕に刺さるダガーを抜き捨てた。そしてボロ布を取りだし巻きはじめる。そこでふと、さきほどの言葉を思いだし、腐れ縁を見る。

「おまえ、そんな風に俺を思っていたのか」

「ああ? 間違ってるかよ、この業突張ごうつくばり」

 ハインはため息をついた。「いいや。何も」

 その時、足音がしてふたりは身構えた。しかしその姿に、オルゼリドは抜きかけたナイフを引っこめる。「なんだ、ルオッサか。脅かすなよ」

「終わったみてェだな」

 柿色のコートに着ぶくれた、古傷だらけの少女が歩いてくる。ニタニタと、犬人をあざ笑いながら。オルゼリドは歩きよろうとする。

 だが、ひとりだけ、その正体に気がついていた。

「止まれ」

 ハインが、剣に手をかける。片手と牙で傷を固く縛りながら。

「……ハイン?」

「なンだ、アタシの顔は見飽きたッてか?」

 魔力を通じ、研ぎ澄まされた剣を突きつける。

「白々しいことをするな、

 その顔は一瞬真顔になるも、道化師のようにニヤリと笑い、そして人懐こい柔和なほほえみに変わる。

「さすが、相棒のことはよく知っているんだね。

 久しぶり、ハインくん」

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