失敗作

 大小の剣をかいくぐり、ダンは敵の胸にダガーを突きたてる。ほぼ光のない通路だというのに、蒼紋兵は何らためらうことなく彼を殺しに来る。ダンは尾を巻きながら、血塗れになって戦い続けていた。それでも戦えていたのは、ひとえに弟のためだった。

 ――みんな、死んじまった。ギエムリョースリの兄弟は、もう俺とウラしかいない。どちらが欠けても、もうではない。だから彼は、何としてでも救いださなければならなかった。

 最後の蒼紋兵が、肉を削がれた右腕の代わりに左手で剣を構える。

「くそったれ……!」

 口を利くものなら、とうに戦意を失っているはずの重傷。手当をしても失血で命を落とすだろう。それなのに、蒼紋兵は手を休めない。

 ダンは致命傷こそ負っていなかったが、蒼紋兵ふたりを相手に、満身創痍だった。ひとりを倒し、もうひとりをここまで追いこんだだけでも奇跡だった。

 蒼紋兵が正確無比な太刀筋で、ダンの首を狙う。もう回避するのも、弾き返すのも体力の限界だった。左腕ゆえの多少の緩慢さがなければ、致命傷は近かった。

 ――潮時だ。もう十分だろう。ダンがルオッサを追おうと思った、その時だった。

 なんの予兆もなかった。きざしさえなかった。

 突如として蒼紋兵の体が真横にひしゃげ、壁にぶち当たって転がった。蒼紋兵は、そのまま動かなくなる。

 じゃり……。じゃり……。鎖がこすれる、耳障りな音がこだまする。

 誰かが、そこにいた。ダンは硬直する。全身の毛がいっぺんに逆立ち、身震いする。薄暗い通路では姿が判然としない。身構える、が。

 次には、安堵で力が抜ける。

 その人影は、ダンの探している“印”とぴたりと重なっていた。ダンは喜び勇んで、それに声をかける。

「ウラ! 無事だったん――」

 壁にかけられた燭台。その明かりの下へ、それは現れた。

「ウラ……? お、おまえは――」

 たしかに、それはウラだった。

 そう――。少なくとも、頭だけは。

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