青き大水晶

 おぼろげに輝く水晶が、天井から大広間を青く照らしだす。普段は何人もの近衛が詰めている謁見の間には、今やたったの三人しかいない。

「進展は?」

 透き通った声で問うのは、どこか人間離れした美しさと、それでいて今にも折れてしまいそうな可憐さのある女性。彼女こそ“血花王”、血塗られた薔薇にたとえられし神聖ベルテンスカ皇国の女皇――マルガレーテ・C・ベルテンスカ、その人だった。

「進展というのは私の計画かね。――それとも?」

 答えたのは、竜人ドラコの仮面で顔を隠した長身の人影だった。黒いローブに身を包み、壮齢の男の声で答える。

「無礼千万。王の御前である。率直に答えよ、簒奪さんだつの」

 簒奪の魔術師は、その声の主、黄銅の騎士を嘲笑った。

「その愚直さは誰に似たのかね。

 マルガレーテ、どうだ。彼に私の刻印を与えるというのは」

 不要、と女王は切り捨てるように答えた。

「何度、同じ問いに答えれば気が済む。伏竜将三人では飽き足りぬと申すのか」

 魔術師は仮面の奥で笑った。

「私はただ、進言しておるのみよ。その方が有用だとな。

 さて、進展か。サーインフェルクに動きはない。戦備を整えているが、あの数ではおまえの“玩具おもちゃ”に敵うまい。エクセラードはいまだにウォーフナルタと小競り合いを続けておる。双方、ベルテンスカなど眼中になかろう。もっとも――その気になろうが、《還海》があるかぎり、ヴェスペン同盟に助太刀するのは難しかろうが」

 血花王は、透徹した瞳で黄銅の騎士と目配せする。

竜人帝国エクセラード岩人連邦ウォーフナルタについては、私も報告を受けている。だがサーインフェルクの情報は矛盾するぞ。現状、ヴェスペンの諸侯は軍備の一文字も見えぬ状況に思える。私も、彼奴きゃつらとは小康状態にあると思っていたが――黄銅のより、止水卿の犬が潜りこんでいると報告があった。同盟は何を思って今、潜入してきたというのだ。貴様は何をつかんでいる?」

「必要ならば私ではなく、犬連中に仕込んだ“目”を使えばよかろうに。

 ――それとも、その“目”を覗くのは不快かね?」

 簒奪の返答に、黄銅の騎士は剣の柄に手をかける。

「抑えろ、黄銅の。これでも私の師だ。まだ学ぶべきことはある。

 簒奪の魔術師。貴様の目論見は私のあずかり知らぬことだ。魂なぞ好きに集めるがいい。――私の許した範囲で、ならばな。

 黄銅の騎士。はお前に一存する。ただし――」

「存じあげておりますとも」

 澱みなく黄銅の騎士は答える。

「ならば、良い。ゆけ」

 騎士は右の拳を左胸に当てると、敬礼を解いて退席した。

「用は済んだかね」

 ふたりきりになると、簒奪の魔術師は冷ややかに言った。血花王は杖をテーブルにあずけ、目を合わせない。

「……貴様は変わらないわね。あれから、もう十年も経つというのに」

 仮面は、微動だにせず言う。

「言うようになったものだ。空虚な抜け殻だったお前が」

 女王は、空白の表情で顔をあげる。けれど、既に魔術師の姿はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る