浄化転生

 朝靄あさもやに包まれた、城塞都市。

 一点のくもりもない紺碧の城壁。その中心にそびえるは、煌びやかな白亜の城。領民にひたひたと足音を立てて貧困が忍びよるなか、その城は――“血花王”の居城は、荘厳な美しさを保っていた。

 処女の血を吸い、鮮やかに咲き誇る、真紅の薔薇ばらのように。

 その王宮、謁見の間。

 玉座にあるは血花王マルガレーテ。そう、彼女こそが神聖ベルテンスカ皇国の皇帝。その眼差しは透きとおり、前に立つものはすべからく見透かされていると感ずるだろう。

 その手にあるは、水晶の杖。

 玉座をたち、その杖が差しだされる。その前にはひざまずくひとりの人間。

 その杖の先、水晶でかたどられた竜の紋章が肩に触れる。

 血花王の左に控えたハイヌルフ――いや、トビアスは、右の騎士を見た。

 黄銅の騎士は無言でうなずく。

「誓いをここに」

 血花王は、その美麗なる双眸そうぼうにふさわしい声で宣言した。冷たく鋭く、あらゆる感情を感じさせない――王としての機能を研ぎ澄ました声で。

「聖なる四文字よ、どうぞ照覧ください。

 わたしは鳳凰フェニクスの雛。いまだ大空を知らぬ雛。されど意志は鳳凰にも劣らない。

 わたしはわが翼を捧げます。いまこの時より、わたしは陛下の翼。

 わたしの翼をもって、いまだ地に伏す皇国を、天高く舞いあがらせましょう。

 善を勧め悪を敷き、真教の教えを地の果てまで広めましょう。

 神の愛を知らぬ罪深き異教者を狩り尽くし、神の愛で世界を満たしましょう。

 すべて、この身この魂は、陛下と神のもの――ここに、誓約いたします」

 うら若き女王は、杖を戻して床をついた。

「マルガレーテ・カテナ・ベルテンスカの名において命ずる。至高かつ至善にして偉大なる君が光、その聖霊をして、貴殿を伏竜将に叙任する。

 ――その名を、ここに」

 その少女は、ゆっくりと立ちあがる。

 その髪は、美しい銀髪――いや、白髪はくはつといって相違なかった。その顔や瞳にも、漂白されたように色はなく。純白の肢体を覆うは、アイボリーの薄いローブ。

 そのかおは、神の愛を思わせる微笑みに満ちていた――全てを、ひとかけらでも悪性を抱える者はすべからく穢れと断じ、駆逐し尽くし、真白ましろに漂白した世界で、白々しく愛を説くような。

 それは、自らの肩に触れ、うやうやしく敬礼する。

 その手には、薬指がなかった。


「わたしはイレーネ、エンルムのイレーネ。その骸こそここにあり」


             ――The spores were raised, and never dream anything.

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