改葬

 乳海のほとり。無惨に根をさらす木々。

 乳海からつづく森を見上げ、ひとりの鎧武者が入ってゆく。その背には、大きな背嚢があった。

 兜をかぶった黄銅の騎士は、黙々と山をのぼった。目的を終えた配下は、すでに撤退している。同盟軍は散り散りになり、岩人と草人もほとんどが乳海にとけた。ナズルトーの大戦役と呼ばれることになる戦いは、終わっていた。

 やがて騎士は、赤茶けた布のくくりつけられた枝をみつけた。そこで見つけた獣道を分けいると、すぐに小さな集落跡を見つけた。小屋が数棟と、山肌に洞窟。そこには粗末な柵が埋めこまれている。

 だが目を引いたのは、大量の人骨だった。浅い溝にびっしり、十人ではきかない人数の骨が横たわっていた。骨の状態で焼かれたものがほとんどだったが、時に生焼けらしいものもあった。そうしたものは、獣と蛆の餌になってしまっていた。

 その惨状を、黄銅の騎士はじっと見ていた。

 やがて騎士は歩きだし、さらに森の奥へ向かう。小川を越え、深山みやまをかき分け、急勾配を登る。長い長い道のりの果て、その先にそれはあった。

 橙と黄色の花々。忘れ草の花園が。

 騎士は身震いし、ぎゅうと手を握った。そして自らを異物と知りながら、その花々をかき分け、中心へ向かう。

 青い青い、晴れ渡った空の下。

 そこには、ふたつの墓標があった。片方は十字架でロザリオがかけられており、もう片方は一本の棒の根元に銀の短剣が供えられている。

 黄銅の騎士は思いだす。あの少女の小さな体を抱え、《還海》から離脱するため飛翔していた時。滑空しながら黄銅の騎士は言った。

『こうして我らの犯す罪から貴様を救ったとて、それはただの罪滅ぼしに過ぎん。おおきくみても、罪科を帳消しにするに留まるだろう。私は貴様に命を救われた。なればこそ、これだけでは報いになりはすまい』

 すると少女は、さもたったいま思いついたように言った。

『では、ひとつだけ頼めるかね。

 私は――ろくに弔えなかったふたりの友を、まっとうに供養してやりたいのだ』

 その時になって、黄銅の騎士はようやく悟った。自分はこの小さな少女の掌の上にいる。すべて少女の意のままで、自分は傀儡にされていたのだ、と。

 けれど彼は、それを了承した。

 それはとても、ささやかで、純粋な祈りだった。彼も覚えがある。それを叶えるために自分が犠牲にしてきたものを思うと、とても拒絶などできなかった。

 時が返ってくる。

 黄銅の騎士は背嚢からふたつの袋と、ショベルを取りだした。そして手ずから、浅い墓を掘りかえしはじめる。

 だが、半分も掘りかえさぬうちに、その手が止まる。

「これは――」

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