純真なる夢

 リタは、まどろんでいた。

 意識は乳のような霧に包まれ、遠い過去のなか。

 彼女は小さなものを、一心不乱に舐めていた。

 抱きかかえ、乳をやる――リタにとって、これ以上の幸福はなかった。

 影が射す。リタは顔を上げる。

 ひとりのコボルトが、リタを見おろしていた。


 経絡が、開いた。

 リタは草むらの中で目を覚ますと、すぐに走りだした。

 目指すは屋敷。経絡から来るは苦痛。

 ハインに、ご主人マスターに危険が迫っている。

 わたしを呼んでいる。

 どんな監視であっても、拷問や接触呪文でなければ心は見通せない。ゆえにハインは、リタを隠し玉とした。経絡パスは感情なら曖昧なものしか媒介しないが、感覚は鮮明に共有できる。

 経絡が開けば、救援を。

 それが、ご主人の命令だった。


 ドラウフゲンガーの館、門を駆け抜ける。そこには汚れた子供たちが何人もいたが、リタは気にもかけない。大事なのは。

「来たね、リタ。いっといで」

 玄関を抜ける刹那、ルオッサがリタの背をなでた。治癒の奇跡がリタの体を満たし、経絡を通ってゆく。そして指差されるまま、壁にぽっかりと空いた階段に飛びこんだ。リタはふと、鼻に残った脂汗のにおいが気になったけれど、その思いを振り払う。

 リタは駆けた。ハインが進んだ後に残る惨劇を踏んで追った。

 知っている。ハインは殺す。誰であろうと殺す。

 剣を構えるなら、たとえ赤子であろうと殺すだろう。

 ――また、ご主人さまマスター

 それがとても悲しいことだと理解していながら、リタは彼に従うほかなかった。

 リタは、主人に食らいついて止められるほど手前勝手ではなく、その志を解さないほど道理を知らぬわけでもなかったから。


 そして、礼拝堂にたどりつく。

 リタは闇のなかでも、嗅覚で主人の窮地を理解した。

 自分の爪牙では間にあわぬと悟るや、リタはハーネスに結わいつけられた短剣をくわえ、抜いた。

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