ゴシック的描写研究 陸回目

 ・私の部屋――使用人室は小汚い。シミの目立つベッドはギシギシと軋んで眠りずらいし、床だって歩くたびに悲鳴を上げる。白蟻に喰われて朽ちた壁には、ぼろ布の切れ端で書くことにした日記が、手配書のように何枚も留められていた。


 ・ゆらゆらと燃える暖炉の炎に照らされながら、私は羽根ペンを走らせる。入浴後だからだろうか、私はうとうとしているらしい。先程からずっと、机の木目が近づいたり遠ざかったりしている。遠くでは冷たそうな夜風の音と、梟の鳴き声とが聞こえた。


 ・城内の画廊を歩いていると、まるで魔界に迷い込んだような得体知れなさに襲われる。


 ・ガラスの表面と、その奥に壮麗な絵画が描かれたテーブルの上には、四人の貴族たちの主張の激しい袖が居場所を取り合っていた。


 ・――美しい。鮮血のように赤く染め上がった薔薇は深紅であり、人間そのもの。しかし、それもそのはずであろう。なにせ、そのたいそう麗しい花は、死した姫の胸元から生えていたのだから。


 ・燭台の微かな光とは裏腹に、皿の上に盛られた食べ物は、たいそう豪華そうであった。他の参加者が手を取り合って踊っているのを眺めながら、わたしはご主人様の様子を垣間見た。


 ・「ああ、なんと私は愚かな人形なのでしょう。ええ、そうでしょう。貴方様の人形は、なぜこうも欠陥だらけなのでしょう。従順に貴方様に仕えるこの私の心が、どうして貴方様に恋心を抱くことがございましょうか。ああ、どうか、愚かな私の心情を――愚かな人形に、成長の機会を与えて下さらないでしょうか」


 ・廊下の端には、私にしか知らない隠し通路がある。ひたすら地下へと続く階段を下っていけば、そこには城郭の何倍も複雑怪奇な迷宮―――もとい入り組んだ地下道へと出るのだ。


 ・天井からはシャンデリアが吊り下がっており、薔薇の刺繡が美しいソファーに、天蓋付きのベッド。部屋全体に蠱惑な香りが漂い、テーブルクロスやクローゼットなどの細かなインテリアにまでその豪華さは行き届いていた。


 ・数ある屋敷の中の、良く言えば白眉、悪く言えば異端と描写されるその一軒は、闊達な人間のように、傲然とそこに鎮座していた。ヨーロッパ・暗黒時代の代名詞、ゴシック建築の、おどろおどろしいエクステリアを纏う黒い屋敷だ。幽霊屋敷と言った方が分かりやすいだろうか。

 

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