第3話 師弟逆転

 学園の敷地全体を縦横九ブロックで分け、合計八十一のブロックとして把握する。


 全てのブロックにはカメラが設置されており、そのブロックの全体を俯瞰している。

 当然、死角はない。灯台下暗しは徹底して潰されていた。


 つまり、合計八十一のカメラ映像が目の前に並ぶことになる。


 大きな一つのディスプレイに同じ大きさで映し出すか、いくつかのブロックをピックアップして大きく表示するかは、操作する者……指揮官に委ねられる。

 八十一のブロックの全てを均等に、逐一意識するのは到底無理な話だ。必ず少なからずの見落としがある。

 奇襲、囮、陽動……、

 それらを駆使することで本命を暗躍させるというのが、基本的な戦略となるだろう――。



「――あ、あー、聞こえるか、テステス?」


 耳にはめたイヤホンをぐっと指で押し込み、制服の襟につけたマイクに話しかける。

 剣術学園二年目、青色の長刀を使う青年がいた。


『は、はいっ、聞こえてます、ししょっ』

「あのな、俺はまだお前の師匠じゃないぞ。そもそも、お前は現場で戦うんじゃなくて指揮を執る側だろ……俺から教わることなんか一つもないと思うけどな……」


『そんなことありません! ししょーの生き方に、わたしはすごく感動しましたから』


 自由奔放なサボり学生のどこに? と思うが、中等部に通う小さな彼女が魅力に思う『なにか』が自分にあったのだろうと青年は考える。

 ……自由。魅力的に聞こえるかもしれないが、授業にも出ないで屋上でのんびりしているだけだということを、早く教えてあげなければならない。


 こんな師匠の背中を追いかけたら、絶対に道を踏み外す、とも。


「俺が師匠なんて、柄じゃねえんだよな……」

『でもししょーは、ししょーですよね?』


 ややこしいな、と青年が苦笑いする。彼にはもう弟子がいる。

 高等部に入るとまず先輩の中から師事したい相手を選び、弟子入りをする。

 そして一年後、新しく入ってきた後輩を弟子として迎え入れる、というルールだ。


 彼は今、学年として真ん中のため、師匠と弟子が同時期に存在する板挟みの状態なのだった。


 加えて、彼の場合は中等部から例外的な弟子をまさに今、預かりつつある。

 今回の『仮想戦争』は、彼女を正式に弟子とするかどうかの試験のようなものでもあるのだ。



「まあ師匠ではあるが……あいつも物好きなんだよ……なんで俺なんかをな……」


 ちなみに、彼の弟子は師匠を必要としない剣術の才能を持っていた。彼が教えることなど最初からないと言うように。剣術、武術のみならず、学術も飛び抜けている。

 一つ下の代はレベルが全体的に高いため、弟子の彼女も首席ではないが、それでも上から三番には入る秀才なのだ。


 教えるどころか教えられる始末だった。どっちが師匠か弟子なのか分からない。



 逆に、年上である彼の師匠は、剣術は学年で一位――つまり学園一位であるのだが、スペックの全てを剣術に割いた結果、それ以外ができない。

 協調性然り、生活力もない。

 彼が日頃から世話をしていなければ、飢えてしまうんじゃないかというくらいに無頓着だ。


 去年の一年、彼女は師匠におんぶにだっこだったのだろうと想像できた。

 そのあたりのことは、踏み込んで聞いていないので分からないが……。

 彼女を選んだのは青年自身だ、今更、文句はないが――。


「師匠の剣さばきが、綺麗だったんだよな……」

『わたしも、ししょーの生き方が、綺麗だと思ったんです』


「綺麗かな……汚い生き方だぜ?」

『いいえ、人として美しい生き方だと思いました』


 過大評価だ、と突っぱねるには、声が本気だった。

 なにを魅力に感じるかは人それぞれ違う。なにが嫌い、なにが好き、これは美しい、これは汚い、面白い、つまらない――そんなものに否定も肯定もないのだ。


 その人がそう思えば、それが正義である。

 その対立意見があったとしても、発言者にとっては正義なのだから。


 正義と正義がぶつかったところで、片方が駆逐される必要はない。


『だから、わたしはししょーに教えてもらいたいんです!』

「たとえ、お前のこれから先の安定した成功の道を踏み外したとしても?」

『するわけないですっ』


「根拠は?」

『ないっ、です! これはわたしの、直感ですから!!』




 直感で師を決めた少女とは対照的なのが、青年の後輩であり弟子である少女だ。

 赤い剣。学年三位の秀才である。


 彼女は敵対する師匠がどのブロックにいるのかを把握していた。

 暫定的に組んだ見習い指揮官(こちらも中等部の生徒だ)からの指示を受ける前から――実際は居場所が分かるというよりも、とあるブロックに誘導することができる、というわけだが。


『あなたの師匠、思った通りに動いているわね。どうやって嗅ぎつけたのかしら。参加している女の子を盤上で偏らせたら、どうしてか、寄ってくるのよね……』


「あの方はすぐに女の尻を追いかけますからね。しかも年下の女にやたらとモテるんですよね……なんであんなぐーたらなせんぱいなんかに、人気が……っ」


『あー。だからあなたもあの師匠のことを好――』

「勘違いしないでくれますか?」


 赤い剣が炎を纏う。

 ただし、熱はない。炎が持つ効力を細分化し、ある一点を残し、それ以外を削ぎ落すことで選択した一点を特化させる技術。


 彼女の炎は、全てのものを破壊し、灰にする。

 それは人の心にも作用するのだ。



 指揮官からの指示も受けずに、現在位置と隣接するブロックの位置、全体地図を思い浮かべながら、移動する。足に迷いはなく、先へ先へ進んでいくと――いた。



「……師匠? どうして私のクラスメイトに覆い被さっているのですか?」

「げっ! お、お前、俺を見つけるの早くねえ……!?」



 尻を追いかけただけでは飽き足らず、襲っているとは思わなかった。

 ……まあ、彼のことだから、また自分の誤解なのだろうとは、後輩も思っていながらも。

 怒りと連動している剣の炎は、消えてくれない。


「女の子ってのは直感がすごいな……」と彼が呟いたのを聞いて、あんなのと一緒にするなと言いたくなるが、ぐっと抑える。


「ええ、すごいんですよ、分かってしまうんです。私くらいになると師匠がどこでなにをして、これからどこへ向かうのか、筒抜けのように分かってしまいますからね」


「直感、やばいな!?」


「ええ――私の直観、なめないでくださいね?」

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