第2話 ナビゲーション・アクト

 私は走るのが大好きだ。

 町並みを見るのが好きで始めた休日のランニング――、

 飽き性な私にしてはよく続いている趣味だ。


 ダイエットってわけでも適度な運動のためにしているわけではない……あ、いや、ゼロではないけどね。


 自宅の周辺の景色は見慣れてしまったので、少し遠くまで足を伸ばしてみることにしてから一週間が経った。電車を使えば二駅以上も距離が離れている町まできていた。

 なんとなく知ってはいても、細かい場所までは知らない町並み。この道はあそこに繋がるのか、という小さな発見が嬉しくて、癖になって続けてしまうのだ。


 おかげで地元の人よりも詳しくなったんじゃないかって思う。



 そんな私はある時、興味本位で目線カメラをつけて走ってみることにした。


 肉眼で見る景色と映像として残っている景色は印象がまた違うだろう。現実に勝るものではないとは言え、だからまあ、これは興味本位だ。ちょうど大学で使う機会があったため、一度きりで箱にしまうのはもったいないので、再利用してみよう。


 人間用ドライブレコーダーかな。

 昨日、ランニングした時の映像を再生させる。

 さて、どんな映像が映っているのかな?



 自宅周辺の見慣れた景色を通り、近くの大きな通りを走る私。

 白いバイクが頻繁にサイレンを鳴らす治安の悪さが特徴的だ。


 歩道を走る私には関係ないことだけど、いつ運転を誤った車が歩道に突っ込んできてもおかしくないから、注意しなければならない。


 最近増えてきた、大きなカバンを背負う自転車配達員は、歩道でも猛スピードで運転している。イヤホンをしている私も悪いんだけど、横を追い抜かれるとびっくりするんだよね……向こうは大丈夫だって分かって追い越してはいるんだろうけど……。

 私からすればめちゃくちゃギリギリを走っているように感じる。


 風を感じるのだから、相当に速いんだなって。


 私は特にランニングコースを決めていない。目で見て、気分で道を変えるからだ。

 右にいくか左にいくか。片方が、家まで帰る時に遠回りになるとしても、気分次第ではそっちを選ぶことも当然ある。

 毎回、片方を選ぶこともないし、遠くの地域の町並みを見るという目的があるのだから、帰りの距離は考えていない。


 昨日の私は、遠回りをする道を選んだ。


 視線はコースに向けている。

 一応、頭の中でも地図を思い浮かべ、大体、ここを曲がればあそこの駅に近づくな、という計算はしている。だから意外と、景色は見ていても人は見ていなかったりする。

 信号が赤か青か確認しても、隣にいる人をしっかりと確認はしていなかったのだ。


 カメラは捉えていた。

 遠くの方で、自転車に乗った配達員が、車にねられていた。

 どんっ、と、あらためて映像を見れば、音も拾っている。


 映像の、本当に小さく、片隅に。だけどしっかりと一部始終を収めていた。


「…………」


 衝撃映像について、私は大丈夫なタイプなので驚きはしたものの、衝撃は受けていなかった。

 悲鳴を上げない女の子は可愛くないかな? だけどこれが私なのだ。


 感想よりも疑問が生まれてくる。

 ……どうして撥ねられたのだろう。考えてみる。

 ちょうど一部始終を収めたカメラ映像が目の前にあるのだし。


 自転車、車、どちらかが、もしくは両者の前方不注意で説明できてしまうけど、もっと詳細まで詰めてみよう。

 事故は、大通りを横断しようとした自転車が車――トラックに撥ねられた。


 奇しくもどちらも配達員だった。

 時間に間に合わせないといけない焦りが事故を引き起こしたのかもしれない。


 大通りの信号は全部が赤だった。だからどちらも信号無視と言える。

 とは言え、自転車はフライング、トラックはギリギリ、赤になりかけた青で進んだのだろう、それが偶然、衝突に繋がったのだ。


 道幅が広い大通り。

 信号一個にしては、トラックからすれば直線にしても距離が離れた道路だった。

 赤になりかけの青で渡れば、当然、赤の段階で渡ることにはなるだろう。


 途中で止まることもできただろうけど、焦りがアクセルを踏ませたのかな?


 信号無視にしては、ギリギリの部分だろうし……、でも、ここで疑問。

 直線距離が遠ければ、走ってくるトラックに、自転車は気づけたはずなのだ。

 目で見て。止まることで事故を防ぐことができたはず……なのにどうして配達員は撥ねられたのか。


 自転車配達員の視線は手元にある――ハンドルに。

 そこには固定されたスマホ……そう、ナビだ。


 ナビは信号機が赤か青かまでは教えてはくれない。


 ナビがこっちの道を示したからと言って、その道が安全であるとは限らない。

 肉眼で確認しなければ、命は一瞬で持っていかれる――今回のように。



「世界は機械のおかげで便利になったとは思うけど……」


 全てを機械に頼っていたら、信用を利用されてしまう。

 過信しないように、という戒めなのかもね。



「――ふう。さて、この映像を動画サイトにアップしますかねー」


 私はタイトルをつけてアップする。事故映像だからか、再生数がどんどん上がっていく――あっという間に、収益に繋がるくらいの再生数を稼ぐことができた。


「はぁ、美味しい仕事ね。これ、全部、なのに」


 しかも、私は家から一度も外に出ていない。

 走るのが好きだ、なんてのは、ただ言ってみただけ。

 


 いつ、私が本心を言ったと思い込んでいたの?


 タイトルをつけて、それに沿った映像を流せば、事実だとすぐに信じるんだから。


 機械よりも先に、人間を疑え。

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