PACKAGE‐パッケージ‐KAC2021短編集

渡貫とゐち

第1話 神様の断捨離

 おうち時間、などと呼ばれていた緊急事態宣言に伴う不要不急の外出自粛……、

 人々は忙しい毎日から解放され、束の間の休息を取っていたらしい。それが十年前の話だ。

 こうなってくると束の間どころじゃないな。


 蔓延まんえんしていたウイルスは長期間で消滅と再生を繰り返し、何度も何度も世界中の人々に猛威を振るった。


 ワクチンこそ未だにないものの、


(ウイルスも学習しているのかも……、

 作られたワクチンの効力を克服して戻ってくる……まったく、強かだなあ)


 感染予防には慣れたもので、一回目ほどの緊迫感はない。

 ウイルスとの一進一退の攻防は、既に日常になりつつあった。


 今では世界中の人々が不要不急でなくとも、外出をしない。

 外出自粛を言われる前から自粛していた人たちばかりだからだ。


 この期間中に生まれた子は、外出自粛が当たり前の常識として刷り込まれている。

 外に出ることに、罪悪感を抱くようになっているのだ。


 世界の人口のほとんどがインドアで占めている。

 中にはアウトドアの人もいるかもしれないが、まあ、時間の問題だろう。

 外出自粛を無視して外に出た人たちは、この十年間で軒並み死んでいる……。


 因果応報、自業自得か?


 感染するリスクを踏まえ、覚悟して外に出たのであれば、こっちとしても文句はない。感染し、苦しい思いをしても、分かっていたことなのだから彼らも身構えていたはずなのだ。

 今更、痛い苦しい助けて――なんて言葉は吐かないはず……吐かないよな?


 感染したら、助けて、なんて言える状況ではないかもしれないが。


 そのため、死者数は年々、減ってきている。ウイルスの影響力が減ったというよりは、ルールを破る人間が駆逐されていったから。

 犯罪者を殺していけば自然と犯罪が減る、という漫画が十年以上前に流行ったようだが、それと同じか? まあ、あれは意図的であり、このウイルス問題は自然現象であるため、同じではないだろうけど。


 ……自然現象。


 本当にそうか?


 元々は自然現象だったのだろう。

 それが真実だった――だが、そこに便乗し、人間が意図的に『似たような自作のウイルス』をばら撒けば、意図的であることをカモフラージュできる。


 作為的ではないという印象操作ができる。


 アウトドアの人間を大量に殺す、十年計画だとしたら?

 インドアだけが生き残り、外に出る人間がいなくなれば。


 ……さて、誰が得をするのだろう?



「なんてことを、昨日の夜に考えていたんだよ」

「だから寝坊したのね」


『外』のカフェテラスで待ち合わせをした幼馴染と、マスクをはずして会話をする。

 ウイルスに感染するリスクはあるが、『外』に出ている以上、マスクをしたからと言って絶対に感染しない、とは言い切れない。

 家の中にいたって、感染の可能性はゼロではないのだから。


 リスクを減らす努力をするべきなんだろうけどな。

 まあ、俺たちはリスクを覚悟して外に出ている。

 家がカフェを営んでいるのなら、そのカフェテラスもおうちだよな?


 どうせ周りに人はいないのだ。店員も必要ない。回転寿司のレーンのように、注文した料理が運ばれてくる。人の手が入らない、全自動の機械化カフェだ。


 マスクも、周りがしているからしなければならない、という風潮が未だに引きずられているだけだ。人混みでないのにマスクをするなんて、見晴らしの良い場所の信号機を、ちゃんと赤で止まる、みたいなものだ。


 守った方が安全が確実化するだけだ。安心を取るかどうかの話。


「それで。誰が得をするの?」

「気になるのか?」

「あんな話の切り方をしたらね」


 そうだな……、うとうとしながら考えたことだから、記憶が曖昧だ。得をする人は、まあ通勤している人だろうなあ。人が減って満員電車がなくなるのは助かると思う。

 毎日ではないにせよ。さすがに自動化しても、通勤がゼロにはならない。

 仕事に必要なものが全て自宅にあるとは限らず、置いておくことができない人だっているのだから。会社を倉庫として使い、出し入れのために通勤することもあるのだ。


 まあ、徒歩で通学している俺たちには関係のないことだったが。


「他には?」

「他に……? 人が減って、得する人……誰だろ」

「ヒント。クローゼットの中にある服の全部を把握してる? 目についた商品を買っていたら、いつの間にか多くなってさて処分しようとした時、なにを基準にしたら断捨離がしやすい?」


 それ、なにかの番組で聞いたことがあるな。


「色、形、用途?」

「ラベルを貼ることで分かりやすくする。そうね、正解。じゃあ、今生きている人間と、これまで死んだ人間はどういうラベルを貼られている?」


「えっと……」


 インドアと――アウトドアだ。

 え、アウトドアを殺したかった?


「人間を半分に分けたのよ。五対五で完全に分かれるわけじゃないけど、減らし過ぎない目安としてはちょうどいい選別の仕方じゃない?」

「なんとなく分かるけど……結局、それで得する人が分からないけど……」


 幼馴染が人差し指をぴんと立てて、上を差す……オープンテラスなので天井はない。上を向けば、見えるのは雲一つない青空だ。


「……お天道てんと様」

「神様、もしくは私たちというキャラを作ったゲームマスター」


「さすがに、アニメやゲームの見過ぎだろ……そんな荒唐無稽なこと……」

「あら、インドアのくせに否定するの? あんたもそういうの好きでしょ?」

 

 まあな。だが、今俺たちがいるこの世界が神様が作った世界だとしてだ。否定もできないし、あり得るかもしれない……でも。だったらウイルスなんて回りくどいことなんてせずに、デリートボタンを押して一括で消せる気もするが。


「できないから、目印をつけて、ウイルスという間接的な方法を取ったとしたら?」

「…………神様も、万能じゃない……?」


「万能だなんてイメージは、私たちが勝手にそう思っているだけ。まあ、そんな印象も神様が私たちに植え付けたのかもしれないけどね」

 

 ずずず、とストローで吸う音が響く。

 ふうん。神様が多くなった人間を断捨離するラベル貼りのために、新型のウイルスが定期的に生まれている、と。


 じゃあ、断捨離したなら、増やしたいなにかがあるのかもしれない。

 新しい家具を置きたいから今ある家具を捨てる、みたいな、部屋の模様替えなのか?


「分からないわよ? 今度はインドアが細分化されて、またラベルを貼られて、断捨離のために殺されるかもしれない……。神様のすることはスケールが大きいわね」

「振り回される人間側の言うことじゃないと思うが……」


 インドアがさらに細分化されると……、多様だなあ。

 絞って絞って、一体なにを残すつもりなのか。


「一番強いインドアはどのジャンルなのかしらね」


 言い終えたと同時、飲み終わった幼馴染が立ち上がり、


「じゃ、私は帰るわね」

「は? まだなにもしてねえじゃんか……」

「したじゃない。こうしてお喋りをした」

「じゃあ電話で良かったじゃん……」

「空気感とか、あるでしょ」


 確かに、リモートでは分からないこともあるのだ。


「あとは各々、おうち時間を楽しみましょう」

 

 言って、帰っていく幼馴染の足は軽く見えた。

 スキップを繰り返す、どうやらスッキリしたみたいだ。

 

 インドアばかりが残ったからと言っても、たまには他人とも喋りたい。

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