4. 今そこにある危機(前代未聞)

 どくんどくんと不規則な鼓動を打つ心臓の音がひどくうるさい。死神の共謀者、その資質を持つ人間がまれだという話は耀ヨウからも散々聞かされていたけれど、その条件が「まもなく死ぬ」?


 考えに沈みかけた隙に、目の前の少年が不意に跳ねるように立ち上がった。目の前に白刃がきらめく。間近に迫った顔を包むのは耀のそれとは違う濃い金色で、金髪って本当に金色なんだなあとか場違いにのんきなことを考える。その手に握られた銀色に喉首を掻き切られたら、さすがに即死かもしれない、とも。


「って、ちょっと待ってよ、余命わずかイコール暗殺間近ってそれどんなマッチポンプ⁉︎」


 ツッコんでる場合じゃないのはわかってる、でも、ジンに情報を開示しろと迫ってはいたものの、思わぬ方面から伝えられたそれは多すぎて、正直僕の演算装置のうみそはオーバーフロー気味らしい。

 白刃が届く寸前、思い切り肩を突き飛ばされた。

「まったく、物騒だなあ。ハリウッド映画にでも出演するつもり?」

「邪魔を……するな、死神!」

「神父サマのくせに、仔羊を手にかけるとか、どう考えてもおかしいでしょ」

 ガン、と叩きつけられた迅の大鎌の刃を、少年は双剣で受け止める。相手が玄人なのはそうなのかもしれないけれど、やっぱり迅の動きには今ひとつキレがない。いつもなら初手で首が落ちているはずだ。繰り出される斬撃はあくまで相手の刃の上、受け止められることを予期しているようで、本気で首を落としにいっているようには見えない。

「迅……?」

「死神、お前こそ時間の無駄だ。わかっているんだろう。お前は僕に手を出せない」

「うるさいなあ」

 迅の眼に剣呑な光が宿る。ごく危険な、獰猛な獣みたいに。こいつがこんな風に感情をむき出しにするのはごく珍しい。それはつまり、少年の言っていることが的を射ている証左なのだろう。


 死神は余命わずかな人間の命を刈る。あるいは、悪人の命を狩る。では、そのどちらでもない人間は?

 答えは至ってシンプルだ。


「——善良で寿命の長い人間の命を狩ることはできない」


 死神でさえも規則ルールに縛られている。僕はそれをよく知っている。いくつもの余命を閉じ込めた微かに光る不思議な小瓶。そこから読み取れる、死者の記録レコード。多少雑だったとしても、死神が関与したそれらは一つ一つ間違いなく書き留められ、保存されている。どんなに余命わずかな老人でも、びっくりするくらいの悪人でも。人の命を奪うというのは、本来それほどに重いことなのだ。


「誰が善良だって?」


 吐き捨てるように言い、大鎌を振り下ろしながらもその斬撃は致命的な一撃にならない。そして、一方の少年は引く気はまったくないようだった。迅はそもそも人間でさえないから、基本的に疲れ知らずに見える。傷つくことはあっても、さっきみたいに自分で癒せてしまうなら、圧倒的に分が悪いの少年の方だ。命を狩ることができなくたって、身動きができない程度に痛めつけることはできるだろうから。

 でもきっと、問題はそこじゃない。少年は——この神父は、決して諦めない。ここで足止めしたとしてもまた僕らを——僕を探し出し、つけ狙うんだろう。僕の命を断つことが神の意志とやらに叶うことだと信じているから。


 死神に囚われた哀れな魂を救うこと、それこそが——?


「——おかしい。耀はそんなこと言ってなかった」

「は?」


 迅が呆れたような声をあげる。そりゃあ、忙しなく剣戟を繰り返す二人の横でのんきに考え事をしている暇はないはずだったけれど、どうしてもしっくりこない。遡れば、ここしばらくの事件はたぶん和香の兄の失踪が始まりだった。

 あわせて起きていた、やたらと増えたならず者たちの失踪。迅が言っていた無惨な姿で見つかったという共謀者と、それによって狂った死神の出現。狂った死神トリプルオーは僕を狙う。その理由はきっとこの少年のそれと同じなんだろう。でも、耀が語っていたのは「共謀者は人に仇なすもの」というもっとネガティブな動機だ。


 絶対に、「哀れな仔羊ぼくを救うため」なんて理由じゃない。


「目端が利くな。いずれにしてもお前にとっての結末は変わらないが。まあでも、素直にあの神父に跪いて慈悲を乞うていた方がマシだったと後悔することになるだろうがな」


 耳元で何かの獣が舌なめずりするみたいな、残忍で気味の悪い声が聞こえた。同時に後ろに音もなく近づいてきていた大きな影。今時の電気自動車ってマジで音しないんだ、って大学の友達が言っていたっけ。数は多くはないけど、まあまあ仲の良かった友人たちにそういえば海に誘われていたな、なんてことがついでに走馬灯のように駆け巡っているうちに、後頭部を強く殴りつけられた。

 咄嗟にその名を呼んだのは、僕の研ぎ澄まされた不運センサーの数値が振り切っていたせいだ。

ジン……!」

 でもその声が届くより先に、そのまま開いていたドアの向こう、真っ暗な車内へと引き込まれる。

なぎ⁉︎」

 ドアが閉まる直前、もう聞きなれた死神の、いつになく切迫した声が聞こえた気がした。でも、真っ暗な車の中でお馴染みのブラックアウトが重なって、そこでぷつりと僕の意識は途絶えた。


 前代未聞な感じの、すごく嫌な予感に包まれたまま。

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