5. 彼女の事情(ろくなもんじゃない)
あーあ、とため息をつきながら、カウンターの席に座り直し、アップルパイにフォークを突き刺す
「本当にお人好しにもほどがあるよね。あんなの普通死ぬよ?」
残念ながら、もぐもぐと口を動かしながら飛び出す言葉は「類は何とかを呼ぶ」という例の格言を思い出させるのに十分だった。
「すぐにフラグをへし折るのやめてもらえないかな」
「何それウケる〜」
現役女子高生怖い。いや僕だってつい半年ほど前までは高校生だったわけだけど、あんなんだったっけ? もはや理解の及ばない異世界の生き物に見えてきた。
結局のところ、これもまた僕の
「だって、まさかノープランで飛び込んでくるとは思わないじゃん? 結構危なかったよね〜。まあ、多少の怪我なら治してもらえるから、みたいなとこもあったり? いいよね、共謀者って怪我しても慣れちゃう感じ?」
「君も経験してみる?」
やけに優しげな猫なで声に一瞬反応が遅れて、オペラを皿に載せてから振り向くと、迅は相変わらず立ったまま、ごく冷ややかな眼差しで和香を見下ろしていた。その手に唐突に長い柄が現れて、銀色の刃が細い首にかけられる。つ、と細く赤い線が浮き上がって、ひっと息を呑む声が聞こえた。
「ちょ、冗談でしょ?」
「これが冗談に見える?」
ぐ、と刃が引かれてさらに赤い線が太くなる。あとほんのわずか、迅が手を動かせば、その首が落ちるか、そうでなくても致命傷になってしまう。さっきはあっさりと手を離したくせに、あまりに唐突に吹き上がった殺意に戸惑いながらも皿を置いて迅の脇に駆け寄る。
「何やってんだよ。女の子の肌に傷つけんな」
「君の命が危険にさらされたのに?」
「そんなのいつものことだろ。あんたが早めに現れて、怪我もせずに済んだんだから、むしろマシな方だし」
「ずいぶん紳士だね」
嫌味っぽく笑いながらも、迅の手から鎌が消えた。その瞳には相変わらず不穏な光が浮かんでいたけれど、そもそも死神なんて不吉以外のナニモノでもないし、物騒なのも今に始まったわけじゃない。それでも違和感は拭えなかったけれど。
固まったままの和香の首を夏月さんが確認して、手際よく消毒すると絆創膏を貼っていた。
「そんなに深くないからこれで大丈夫ね。喧嘩を売るなら相手を見極めてからすることをおすすめするわ」
「別にあの人に売ってないけど。冗談もわかんないとか、これだからおじさんは嫌だよね〜」
顔だけはいいけど、と余計なひと言を付け加えている。現役女子高生怖い。
僕の内心の呟きを聞き取ったのか、はたまたこのままでは話が一向に進まないと気付いたのか、ともあれ夏月さんが和香をカウンターの内側に促した。目配せに頷いて、僕は迅を一番端のカウンターに座らせて隣に腰を下ろす。
「それで結局、何しに来たの?」
「言ったでしょ。兄を探してるの」
「え、そこ作り話じゃなかったの?」
「真実を混ぜた方がそれっぽくなるっていうじゃん? お兄ちゃんが消えたのは本当。この店に来たのは、ここにくれば情報が手に入るって聞いたから。あのイカれ野郎はお駄賃代わり」
「すみません、最後のが全然意味わかんないです」
芸術品といってもいいチョコレートの層にフォークを滑り込ませながら左手を挙げると、女子高生はえー、大学生なのにバカなの? とごくストレートに失礼な暴言を吐いた。何だろうこれ、聞き覚えがある気がする。
「類友かよ……」
「こんなに知性を感じないのと一緒にしないでほしいね」
「何も言ってないけど?」
「何たって
ようやく緩んだ表情にほっと息を吐いていると、それはさておき、と今度は迅が和香を見つめる。
「この辺りにアレ、どれくらいいるか聞いた?」
「あなたこそ聞いてないの? 上司でしょ」
その言葉に、迅がまたぴくりと肩を震わせた。身に纏う気配がまた尖る。上司、といえばそういえばそんな奴に遭遇したことを思い出す。突然道路が
「あいつが元凶か」
「やっぱり仲悪いの? あの人はそうは言ってなかったけど」
「上司と部下なんて仲良い方が気色悪いでしょ」
「ビジネスライクな関係ってやつ? 大人ってやーね」
もしかして、話が見えていないのは僕だけなんだろうか。迅も和香も何か知っていそうだし、夏月さんの落ち着いた表情を見ればその疑問はほとんど確信に変わった。
ただでさえ濡れ鼠になった上に、わけのわからない化け物みたいな奴に襲われて、そもそもご機嫌とは程遠い気分だ。のらりくらりとした曖昧なやりとりや、小馬鹿にするような言説にいつまでも付き合ってはいられない。腰を浮かせかけたとき、和香がちっちっちとわざとらしく人差し指を振った。
「ざーんねん。それがそうもいかないんだよね」
そこで一呼吸置く。ちょうどテレビドラマや映画の探偵が、往生際悪く言い逃れしようとする犯人を追い詰める時みたいに。そうして、とびきりの笑顔を浮かべて言った。
「だって、
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