5. 一寸先は(何回目?)

 聞き込みという何だか刑事っぽい言葉は冗談だと思っていたのに、金髪金眼のこの死神は、薄い色のサングラスをかけると、本当に路地裏で何やら怪しい人間を捕まえては、話を聞き始めた。

 声をかけられた当初は皆一様にぎょっとした顔をするけれど、いくつか質問を投げかけられると少しぼんやりした顔で、驚くほど素直にぺらぺらと答える。そうして話し終えると、憑き物が落ちたかのように首を傾げている。明らかに普通じゃない。


 げんそうな僕の表情に気づいたのか、耀ヨウがまた呆れたように肩を竦める。

「これくらい普通だ。死神おれたちの声には力がある。その気になれば、契約がなくてもある程度の影響下に置くことができるくらいにはな」


 鈴鹿と迅の関係も謎だったが、共謀者おまえたちは影響を受けないから気づかないのかもしれんが、と続けられた言葉で何となく納得する。

 適当にあいつに言いくるめられて居候させられているのかと思っていたけど、もっと裏があったのかもしれない。一応家賃は払っているとは言っていたけれど、それすら怪しい。


「……俺たちにも一応の規範ルールはある。お前が思うほど無法じゃないぞ」

「あんたのところは、だろ?」

「そう変わらないはずだ。まあ、お前の相棒は随分な一匹狼のようだが」

「へえ、まあでもあんま興味ないからいいや。それより、聞き込みの収穫は?」

 耀は奇異なものでも見るような顔をしたけれど、言っても無駄だとでも思ったのだろう。欧米人らしく大仰に肩を竦めて首を振ると、スマートフォンを取り出した。


「この辺りでここ二週間の間に出た変死体は五。うち一つが今朝お前に絡んでいた男だから、調査対象になるのは実質四件だな。直接の死因はまちまちだが、いずれも鋭利な刃物で首を切られている」

「切られてるって……」

 首を落とされた死体がそんなにゴロゴロしていたら、いくら他人に無関心な都会でも猟奇事件としてもっと話題になっているはずだ。耀は首を横に振って先を続ける。

「断ち切るほどじゃない。致命傷となるかなり深い傷だが、普通の死神ならもう少しうまくやるだろう」


 僕は何度も迅が死体を幻のように消してしまうのを目にしている。だから、そもそも死体が残っていること自体が死神の関与を否定する材料になるはずだ。だが、耀はまたしても首を横に振る。


「そうとも限らん。血に飢えてさかいのなくなった死神は後始末のことなど気にもしなくなる」

「え、そんなヤバいやついるの?」

 迅は嫌味で皮肉屋で血も涙もない、みたいなところはあるけど、やたらめったら殺すことはない。むしろ僕が出会った連続殺人鬼シリアルキラーたち・・の方がやばかったし、そういえば迅が殺すところを見たのは、基本的に僕を守るため、だけだった。何だかまた胸の奥がざわざわと騒ぐ。


 そんな僕には気づかず、耀は路地裏の落書きまみれのビルの壁にもたれたまま、話を続ける。カオスな状況でも絵になるのはちょっとずるい。

「そう数は多くないが、まれにいる。何が原因なのかはわからないが、突然人間を必要以上に・・・・・殺すようになり、人の世さえも騒がす。俺たちはそういう存在をOOOトリプルオー、と呼んでいるな」

外出中Out of office?」

「Out of Order、だ。制御不能、あるいは故障中ポンコツってことだ」

「……ちょっと思ってたけど、あんた日本語うまいな。やっぱ恋人が日本人だから?」

「そういうんじゃないと言ってるだろう。まじめにやる気はあるのか」

「そんなのあるわけないじゃん」


 軽口を叩いた瞬間、ぞくりと背筋が冷えた。たとえば、目の前を黒猫がよぎったときみたいに。


 とっさに上を見たのは、いい加減積み重ねられてきた厄介事への検知能力センサーが磨き上げられて反応したせいだろうか。老朽化したビルの一室に人影が見えたと同時に、そこから四角くてでかいものが落下してきた。きらきらと光るガラスが夏の日差しを受けてやけに綺麗に見えたそれは、寸前まで嵌まっていたと思しき大きな窓そのものだ。あ、これ走馬灯ってやつかな、みたいなスピードで色んな思い出が巡る間もなかった。


 なすすべもなく呆然と眺めていると、ぐい、と腰に腕を回されて後ろから思い切り引かれた。そのまま、ぐるりと半身をひねって抱きすくめられる。窓枠が地面に叩きつけられ、すぐにガラスが粉々に砕ける音が響いた。もし直撃していたら、僕の頭蓋骨も粉々になっていたかもしれないと容易にわかるくらいの鈍くて重い音だ。

 今までも不運な事故・・・・・には何度も遭遇してきたけれど、落ちモノとしては最大規模だなあ、なんてどこか麻痺した頭で考える。あとほんの少し、対処が遅れていれば即死は免れなかったくらいの。

「大丈夫か?」

 僕を包んでいる腕の主の低い声の問いかけに、平気だ、と答えようとして、でも声にならなかった。心臓がばくばくと早い鼓動を打っていて、全身が震える。いくら回数を重ねても、結局のところ、命の危機に慣れるにはまだまだ僕は度胸が足りないらしい。


「そんなものに慣れる方が異常だ。この平和ボケした国ならなおさらな」


 やけに平和ボケを強調されている。まあ確かに他所に比べれば、平和なこの国で、それでも僕の日常は平穏とは程遠いものだった。その原因の一端は死神なんてものに関わってしまったせいだと思っていたから、反論しようとしたけれど、震える顎はうまく言葉を紡いでくれなかった。


 まっすぐに見下ろしてくる金色の眼はそんな僕を馬鹿にするでもなく、やけに真摯な光を浮かべている。大きな手が僕の頬に触れて、何かを探るように僕の目を覗き込んでくる。

「物事には因果がある。お前のそれにも理由があるはずだ」

「それ、って……」

 掠れた声が出たと同時に、足元に散らばるガラスの破片を見て、庇われたことにようやく気づいた。

「あんた、怪我は⁉︎」

「これくらいでどうにかなるほどやわじゃ——」

 耀が言いかけた時、すぐにぞわりとまた背筋がそそけ立つ感覚がした。僕が口にするより先に、僕を抱きすくめたまま、耀が大きく跳びすさる。数秒後、僕らがいたその場所に、ぐしゃり、とガシャン、という音がまた響いて、今度は水しぶきとガラスが同時に砕けた。


 呆然と見つめる眼前で、びちびちと地面を跳ねる色とりどりの魚たちのおかげで、落下してきたものが水槽だと認識できてしまった。

「——水難の相、出てる?」

「のんきなことを言っている場合か! 追うぞ!」

 返事を返す間もなく腕を引かれながら見上げたビルの窓から、こちらを見下ろしている影と目が合った。

「え……?」


 目を大きく見開き、真っ青な顔でこちらを見下ろしていたのは、僕より若い、怯えた女の子の姿だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る