4. 類はアレを呼ぶ(そうだった)
容疑者、なんて普通はドラマかニュースくらいでしか聞くことがない。そんな言葉を顔だけはいい金髪外国人に面と向かって言われると、何だか衝撃が重かったけれど、言った本人は嫌味な明るい笑みを浮かべたまま、こちらの出方を見極めようとしているようだった。
「……あいつがどこで何をしているかなんて、僕は知らない。それに、余命の投与って何?」
なんかヤバい薬みたいなのの隠語だったらどうしよう。でもどっちかって言うとそっちの方がいいような気も薄々するけど。
「
「衣食住完備三食昼寝付き、みたいな?」
それは、僕が初めて迅に出会った時に提示された条件で、今もって一応守られてはいる。当初の契約から
「それは最低条件だろう。子飼いを食うに困らせる主人がどこにいる」
「え、そうなの?」
「お前、本当に大丈夫か?」
いつの間にか二人称がグレードダウンした。呆れたように言う表情は、先ほどまでに比べて険が減少し、何と言うかこうちょっと可哀想な生き物を見る目になっている気がする。さっきまで屑ムーブをしていた死神にまで心配される状況に、ちょっと僕も自信がなくなってきた。
「まあこっちの事情はとりあえず置いといて、結局余命の投与って何なんだよ?」
「死神は刈った命の残り火を小瓶に閉じ込めて
「糧……ってごはんってこと?」
「想像力のないやつだな。腹は膨れん。だが、余命は命そのものだ。摂取すれば、寿命を延ばすことができる」
「つまり、飲めば飲むほど不老長寿……?」
「死神と違って人間は変換効率が悪いから、よほど大量に摂取しないとそうはならんがな。それでもまあ通常の人間よりは
完全にモノ扱いか。目の前にパートナーらしき人がいるのに、あんまりな言いようだ。夏月さんの方を見ると、慣れているのか肩を竦めて首を振るばかりだった。死神ってそんなやつばっかりなのか。
「つまりあの小瓶の中身ってことだよな? でも、僕そんなの飲んだことないよ?」
「形状は変化させられるし、飲み物や食べ物に混ぜることも可能だ。心当たりがないのなら、勝手に盛られてるんだろう」
死神の知り合いなんて、目の前のこいつを除けば一人しかいないから、つまりはそういうことなんだろう。せっかく見つけたエサを
今まで知らなかった死神事情を知るにつれ、どんどん信頼度が下がっていく。あいつがそういう屑男だと知っていたはずなのに、胸の奥がざわざわと波立つ感覚がして、気がつけば自分の胸元を握りしめていた。それを見て、目の前の男は怪訝そうに首を傾げる。
「どうした?」
「……それって、毒じゃないの?」
「本人の同意を得ない余命の投与なんて、長期的に見れば毒にも相当する。だが、お前の場合は——」
不意に目を細めて僕をまじまじと見つめる。何かを見極めようとするように。何かに気づいたのか、ふとその目が見開かれ、けれど視線が逸された。そのまま何かを誤魔化すように、耀は声のトーンを下げて話を続ける。
「まあ、ここで話していても
「……はい?」
「死神は気まぐれだ。だが共謀者を持つ死神がそう長い間離れているケースは少ない」
——つまり、迅が戻ってくるまで僕に張りつくつもりなのか。
「ちなみに平均値とかあったりする?」
「最大でも契約済みで半年以上離れていたケースはほとんどないようだ。契約するまで十年以上かかったという随分気の長い話を聞いたことがあるがな。いずれにしても、共謀者は死神にとっては滅多に見つからない貴重な相手だ。基本的には大切に扱うから、心身共にパートナーであるケースも多い」
ニヤニヤ笑った顔で、それがどういう意味かは何となく察しはついたけど、突っ込むのはやめておいた。僕の扱いがその大切に扱われている「一般的なケース」に相当するようにも思えなかったし。
それにしても、こんな顔だけはいい性格の悪そうな金髪男に付きまとわれた挙句、最大半年も軟禁されてはたまらない。
「
どう逃れるかを考えてた最中、柔らかい声が降ってきた。あなたが女神か。
「カヅキ、俺が知らないとでも思ってるのか? 日本の学校は今はほぼすべて休暇中だろう」
「あら、意外とちゃんとリサーチ済み?」
「お前がこっちに滞在すると決めて以来、定期的に通わざるを得なくなったんだ。それくらい嫌でも耳に入ってくる」
「別に無理せず、契約解除してくれても良かったのに」
「うるさい」
ごく不機嫌そうになった死神に対して、夏月さんはにこにこしている。僕にも苛ついた視線が向けられたから、人様の恋バナにニヤニヤしていたのがバレたのかもしれない。
「そういうんじゃない」
「え、別に隠さなくても。僕はただの部外者だし」
「……お前、本当に度胸だけは座ってるな」
「まあ、あんたみたいなのに
脳裏に何人かの顔が浮かんだけど、とりあえず捜索願いを出してくれそうな相手が一人もいなかったところでちょっと絶望した。むしろ身代金を要求されたら、それを逆手に取って請求しそうな連中ばかりだ。
「……苦労してるのか?」
「まあね、暴漢に襲われた当日に、吐くほど苦しい目に遭わされた挙句、軟禁されそうになるし?」
「暴漢から助けた上に、介抱までしてやっただろう」
「ものは言いようすぎでしょ。そもそもあいつが何をしていようが僕には関係ないし、《上層部》なんて言い方するってことは、組織的な何かがあるんだろ? 僕にはりついてるより、こっちのお偉いさんとかに問い合わせればいいんじゃないのか?」
僕は定期的に迅が持ち込んだ小瓶に触れて、死者の情報をラップトップ上のアプリで登録している。それを集約して管理している何者かがいるのなら、そちらにあたれば迅にコンタクトを取ることができるはずだ。
まっすぐに見据えてそう言った僕に、耀はほんの少し顔を顰めて、それから一つため息をついて首を横に振る。
「うちの《上層部》とこっちの組織は折り合いが悪くてな。ほとんど情報ももらえない。本来なら
「サラリーマンみたいなもん?」
「日本の旧態依然とした組織構造よりはマシだとは思いたいがな」
いずれにしても、と耀は続ける。
「この辺りの治安が悪いままなのはお前にも望ましいことじゃないだろう。お前の相棒が
「あのねえ、耀。この子、こう見えても結構頑固っぽいから、そういう言い方は逆効果だと思うよ。力を貸して欲しいなら、素直にお願いしなくちゃ、ね、凪くん?」
強引な言い草に反駁する前に、夏月さんがにっこり笑ってそう言うものだから、思わずこくこくと頷いてしまった。
「ほら、お願いしたら、快く協力してくれるって。よかったね」
「え? ちょっと待って今のそう言う——⁉︎」
「そうか、それはありがたいな。じゃあさっそく聞き込みにでも行くか」
「はーい、いってらっしゃーい。あ、凪くん、モーニングセットとソファでの休憩料金、合わせて二千七百円、お代は帰ってきてからでいいからね?」
「ええ⁉︎」
「諦めろ、あいつは店の経営に関しては一切妥協せん」
腕を掴まれて、店を出る間際にそう耳元で囁かれた。そもそもの元凶のくせに、ちょっと憐れむような眼差しに、何だかもう泣きたくなってくる。
『死神なんてモノの関係者に、屑じゃないやつはいない』
僕は改めて自分の胸に、その言葉を刻んだのだった。
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