6. 適切な情報開示とガイダンス(全然あてにならない)
雷の古語の「
不満げな僕の表情を読んだかのように、鳴神は首を傾げる。
「だって、君は助けて欲しかったんだろう?」
「助けて……って、全然あんた助けてなんかくれてないじゃないか。厄介事に巻き込むばっかりで」
「自覚がないって怖いねえ」
ああやだやだ、と首を振りながら、コメディアンみたいに両肩をすくめる。その嫌味っぽい響きにカチンときて睨みつけていると、あからさまに面倒くさそうにため息を一つ吐いてから、不意に僕の頬の傷に触れる。
「たまにいるんだよ。君みたいに、ろくでなしばかり惹きつけて、常に苦難に陥る人間が」
「……はぁ?」
「家族も家も失って、さらには残った有り金も殴られて奪われる。この日本で、そんな不幸に見舞われる人間がどれくらいいると思う?」
「……意外といるんじゃね?」
そう答えた僕に、鳴神は口の端を歪めて笑う。そうして、僕の頭を両手で包み込むようにして間近にその秀麗な顔を近づけて、それから馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「あのねえ。そりゃ、日本中探せばそんな奴はごまんと溢れてるよ。でも、君の観測範囲でそんな奴いたかい?」
その声音は嫌味な響きを隠そうともしていないのに、ガラス越しの瞳は、ほんのわずか、それでも何か違う苛立ちを浮かべているように見えた。それはまるで、僕の境遇に怒りを感じているみたいに。
「……なんであんたが怒ってんの?」
首をかしげた僕に、一瞬だけ鳴神は虚を突かれたように目を見開いて、それから、僕の顔を掴んでいた手を離した。額から長い髪をかき上げながら、あからさまに顔を顰める。
「俺が? まさか。単に物分かりが悪すぎて困ったなあって思ってただけだよ」
だいたいね、と表情を改めて、意地の悪い顔になって続ける。
「他人に殴られたり、家を失ったりなんて、それなりに要因があって起きるだろう、普通は。基本的には、育ってきた環境が大きい。あとは、後天的に何らかの原因で人生が破綻したりね。でも君はそうじゃなかったはずだ」
まっすぐに、僕を射抜くように見つめるその金色の瞳に、ぞくりと背筋が震えた。
「突然、君は不幸に見舞われるようになった。ある日を境に、何をしてもうまくいかない。ほとんど何も変わらず過ごしているはずなのに、ぽろぽろとその手の中から大切なものがこぼれ落ちていく——」
歌うように言う死神の言葉に反発を覚えながらも、記憶を探れば嫌と言うほど思い当たる節があった。
多分、きっかけは父の死だった。それまでは、例えば人生で一度もくじ引きや福引で当たりを当てたことがないとか、母の墓を公共の墓地で建てようと思って、僕が申し込みをしたら、当然の如くハズレた挙句、キャンセル待ちの順序さえも最下位だったとか。くじ運の悪さのエピソードなら枚挙にいとまがなかったが、せいぜいがそれくらいで、大学まで無難に進学できていたし、生活に困るようなことも基本的にはなかった。
それが、父が亡くなった直後から急変した。父の事業が実は火の車で、相続放棄をしない限り莫大な借金を抱えることになる、と知ったのが葬儀の当日。それから、黒いスーツに身を包んだ男たちがやってきて、自宅が抵当に入っていると言い出した。弁護士にも見てもらったが、契約は正当なもので、住み続けることで引き伸ばすことは不可能ではないが、最終的には立ち退かなければならないだろうとのことだった。
呆然としている暇もなく家財を処分せざるを得なくなって、手元に残ったのは父の遺骨と母の位牌だけ。父が当選させていた母の墓は年数千円を払えば半永久的に所有できると言うことで、数日後、父の納骨も無事に済んだのがせめてもの幸いだったけれど。
それから何とかワンルームマンションの契約を済ませて、大学に入学したはいいものの、収入のない身では、奨学金とバイトだけが生活の糧だった。日中は授業があるから必然的にバイトは夜間か早朝になる。そうして選んだのが繁華街でのウェイターで、どうしたわけか、勤務開始数日で殴られて有り金を奪われて、死神に取り憑かれる羽目になったというわけだ。
「……確かに、ここ最近で何もかも失くしたけど、でもあんたが言うみたいなろくでなしを惹きつけるとかそういうことはなかったよ」
「今までは、だろう? 多分、君のお父さんが
「守護者?」
「お守りみたいなものだね。ご本人が意識していたかどうかわからないけれどね。あるいは家族という概念が、かもしれないけど」
いずれにしても、と鳴神は続ける。
「君は家族を失って、ごく無防備な状態になった。その結果がこれだ」
そう言って、二つの小瓶を示す。同じ形の小瓶だが、それでもその中に浮かぶ光は微妙に色が異なっている。濁った白い光と、もう少しだけ透き通る白。
「それ……」
「こっちのがっつり濁っている方がさっきの女の子。こっちが首を落とした男の方」
ちょっと意外だ。
「生前犯した罪の重さが、魂の色に反映されちゃうんだよねえ」
「自分の子供を殺した男より、五人殺した女の方が罪が重い?」
「閻魔様の基準だと、そうらしいね」
「……エンマさま、って実在するの?」
「まさか。モノの例えだよ」
にっと笑ったその顔は、本当のことを語っているのか、それとも誤魔化しているのか、どちらとも判別がつかなかった。
「ねえナギ、妻子を殺害した男と、五人の恋人を殺した連続殺人犯。二人の殺人者に連日出会う確率がどれくらいあると思う?」
「だからそれはあんたが来たからじゃないのか? それに、ここはあんたの住処だろ?」
僕に惹きつけられてやって来た、なんて証拠はどこにもない。それよりは死神に惹きつけられてきたと考える方がよほど自然だ。
そう言った僕に、鳴神は呆れたように深いため息を吐く。だが、急に僕の腕を掴むと、外へと続く扉へと引っ張って行く。それから、そのまま外へと押し出された。振り返ると、腕を組んで、ニヤニヤと感じの悪い笑みを浮かべながらこちらを見つめている。
「オーケイ、そこまで疑うなら、そのまま一人で出かけておいで。俺はここから動かない、何なら位置情報を共有したっていいよ?」
「……いらない……けど」
「二時間経って、何事もなかったらここに戻っておいで。そうしたら、今までの契約は
「チャラって……」
「君を自由にしてあげるってことだよ——ただ、もし助けて欲しかったら俺の名前を呼ぶといい」
——ちゃんと、助けて
「そうしたら、どこへでも駆けつけてあげるよ」
「そんで、あんたの奴隷になれって?」
「奴隷じゃない、期間限定の
そう言いながらも、その笑みがものすごく不吉で悪そうに見えた上に、自信に満ち満ちていたから、嫌な予感はしていたのだ。
そうして、鳴神があっさりと扉を閉めて、僕が一応は土地勘のあるその街に繰り出してから「お願いします」と歯軋りしながら呟くまで——誠に不本意なことに——三十分とかからなかったのだった。
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