『宇宙オウム』
「宇宙オウムだよ」
虚ろな目をした女が言った。
ごみごみとした新宿の街。逃げるように、或いは誘われるようにして入った店。薄暗い照明の下でボードゲームに興じる人々。一つのグループとなっているのは二人か三人。リバーシ、トランプ、花札、クイズ。あまり頭を使わなくても出来るようなものばかり。
「おうい、君だよ。キミ。宇宙オウム。知ってる?」
琥珀色の液体が注がれた小さなグラスを手に、再び声をかけてくる女。逆の手には虹色の葉を巻いた煙草。宇宙オウム。聞いたことも無い名称。
「ゲームだよ。簡単なゲーム。君だってこの店に入ったからには、何かゲームをしなくちゃね」
黒いセーター。桃色のロングスカート。妖しく掻き上げられる、ウェーブのかかった髪。いたずらをする子どものような、楽し気な口調。しかし目は虚ろ。
「ルールは一つだけ。ボクが話したことをそっくりそのまま、発音や抑揚まで完璧に模倣するんだ。オウム返し。まさにそれをやってくれれば良い。簡単だろう」
一人の女。他の客は必ず二人か三人のグループなのに、女は一人。何故? 狙われたのは新たに店へ入って来た人。僕。
「づょるぷぅ」
女の吐息。目に沁みる煙。むせ返りそうな香り。何とか繰り返した女の言葉。喜び叩く手。なかなかやるねと褒めてくれた。
「ぉむヴょろゃみぉおゅ」
終わらないゲーム。上手く出来ない発語。難しいのはぉおの部分。ダメ出し。ダメ出し。五回目でようやく掴めたコツ。六回目でようやく成功。
「宇宙オウムはね、宇宙語を話すんだよ。簡単に返せないようなやつ。簡単だとつまらないからね」
嬉しそうに口元をほころばせる女。しかし虚ろな目。
「こぅいこぅゅりょえゎにょぶぉれ。こぅこいゃれしがぅにづゅぷ」
難解な発語。納得されない試み。落胆。落ちる肩。それにしても流暢に話す女。
「あら、もう難しかったかな。キミたちの言語は実に不自由だからね」
謝る女。不甲斐ない。情けない。怒り。哀しみ。自責。羞恥。
「おみょv;t;eえchi@と●」
返せない。聞き取れない。書き表せない。言葉。言葉?
「なんか興醒めだなあ。この辺だったらまだ遊べるかと思ったけれど。ダメだね」
席を立つ女。虚ろな目。惨めな心。流し込まれる琥珀。潰される虹色。軽やかな足取りで外に出る女。椅子から立ち上がることすら出来ない僕。不自由。嫌。嫌。不自由は、嫌だ。
女が出て行くために開けた店の扉から、新宿の、生ゴミと香水の臭いを湛えた風が入った。
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六人がそれぞれ一つずつキーワードを出し合い、それを全て含めた小説を書くという企画でした。
キーワードは以下の6つ。
「虚ろ」「煙草」「ボードゲーム」「オウム」「風」「宇宙」
ボードゲームバーって楽しそうですよね。
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