上下水道問答

 人々住むところに上水あり。上水あれば下水もあり。さらにこれらを運ぶため。張り巡らされた通り道。上水道下水道……。上水道下水道……。二つはめいめい仲が悪い。言い合い蔑み罵り合い。ちっとも相手を労らない。毎日毎日ぎゃあぎゃあぎゃあと。喧嘩けんかするのは仲が悪いか。それとも好意の裏っ返しか。上水道下水道……。上水道下水道……。



 上水道がこう言った。……お前は実に汚れてる。地の下パイプに流れる水と。一緒になって運ばれるのは。ヘドロに錆びつき煙草たばこの吸殻。雨水、油と節操なしに。ダクダク流れるその内側は。おれの万倍汚れてる。悔しかったら言い返してみろ。言葉に詰まるか臆病者め。やはりよどみが溜まっているから。水も詰まるし言葉も詰まる。嗚呼情けない、情けないこと……。


 下水道が言い返す。……汚れや澱みを気にしていては。とても仕事に手がつかぬ。汚れ知らずは恥知らず。お前のことだ、上水道。所詮しょせんお前はおれの運んだ。馬鹿にしていた汚れ水。してろ過して無害にしたもの。運ぶだけなら簡単至極。仕事をすれば澱みも溜まるが。裏を返せばお前のような。苦労を知らずば溜まらぬ溜まらぬ。そのくせ味のせぬことばかり。並べ吠えるな小童こわっぱが……。


 これにはたまらず上水道。カッとなって口を出す。……おれの仕事が簡単至極に。見えるのならば節穴極まり。巡る血潮ちしおが腐っていては。どうやら頭も腐るらしい。お前は何も考えず。汚水を運べばそれで良い。良いかもしれぬがおれは違う。一分一厘一毛一糸いちぶいちりんいちもういっし。運ぶうちに少しでも。汚れが入ればサア大変。人間サマの身体の中に。毒が入ってしまうことになる。それだけならばいざ知らず。味が落ちるし臭くもなります。お前と違ってこのおれは。パイプとしてのつくりが違うよ。味もせぬがあ死にもせぬのだ。汚ねい下衆移動げすいどうとはわけが違う……。


 ……下衆移動とは何たることか。上も下も水には変わらぬ。いま現在だけ見るならば。確かにお前は汚れておらぬ。汚れぬわけにいかぬも承知。しかし我らが上下水道。起こり祖先は同じもの。黒土、草の根、雨水、小便。入りはしたがされども立派に。お勤め果たすは誇りにあらずか。お前にとっては恥ずべき祖先か。悔い改めろよ上水道。自然科学は日進月歩。さりとて心の清らかさ。失うことこそ恐れることなりながるる血潮が澄んでいようと。徳を持たずば誇りに非ざる……。


 ……祖先、歴史を持ち出して。話を逸らすな卑怯者。俺の言葉を受け取らずして。返すは青かび生ぐさ理屈か。アア、マア確かにその通り。恥を知らずと言われちゃかなわん。異議も申せぬ亡霊に。説法念仏いくらも唱えど。良くて成仏するのみぢゃないか。先祖、親爺おやじが成仏したとて。さしておれには関係なかろう。だが下水道、お前にだけは。同じ地の下通るよしみだ。教えてやろうその愚かさを。お前のように頭の固い。話の通じぬ者ども皆々。こう云う発想思想に囚われ。縛られているその結び目が。かたあくきつうく見えるが故に。ほどく気にすらならぬ理屈だ。これを聞いて心当たりが。無ければ無いでもう諦めよう。愛想を尽かして金輪際。一切合切難癖つけぬ。文句もつけぬと誓ってやろう。何に誓うか神には誓わぬ。己の心と身体からだに誓うのだ。こうだと言うのにお前らは。天へ神へ誓えと譲らぬ。何故かわかるか下水道。今、この場にいるおれの目を見ず。見えない権威へこうべを垂れる。つまらぬその妄信が故……。


 ……実に高慢不遜こうまんふそんな物言い。聞くにえぬわ恥を知れ。聖人君子も口が悪けりゃ。だあれも言うこと聞きやせぬ。まして偉ぶり青二才。言うてることも悪くはないが。しかしさりとてくもない。さらに最もろくでもないのは。孤独なお前自身だ。ここにおられる皆々様方。おれやお前や土竜もぐらや虫けら。根を張る木々に至るまで。脈々脈々紡がれた。歴史があるのだ聞け上水道。これを無くしてお前が世界に。生まれそんする由は無し。今、この場にいるお前だけでは。本質本流その核心を。見据えることなど出来はせぬ。毛先つま先で人がわかるか。名もなき流木(るぼく)で海を知れるか。お前は見えない権威と云うが。けんもホロロのその態度では。目を閉じ空が見えぬと同じ……。



 かような議論はとめどなく。流れ続ける言葉の数々。中を流れる水の向き。違えどパイプは動きゃせぬ。晴れても雨でも曇りでも。地面の下で顔を合わせる。顔を合わせりゃ憎まれ口を。叩かなければ気が澄まぬ。根っこや虫けら、時、内容に。構わず勝手な理屈をまくしたて。とうとう我慢がならなくなった。土の下の原住民たち。なんとかスイドウを懲らしめてはくれないか。主の下へと馳せ参じ。救けを求めて頭を下げた。顔を上げいと言う地の主は。巨大極太大蚯蚓みみず。数百年では計れぬ歳の。地中、地底を統べる王也。新参者の上水道や。下水道なぞ見過ごせぬ。今に見ていろお灸を据えるぞ。鼻を鳴らして地面も鳴らし。地表近くへまたたくままに。登ってきたのが正にこの時。下水道が上水道に。けんもホロロと言うた時……。


 ……我は地底を統べる王也。寝ても覚めても夢の中でも。騒々しいのはお前らか。くだらぬ理屈をいつまでも。並べて周りに迷惑千万。わかっておらぬかれ者共が。ナニ、互いが互いに不服アリと。申すかそうかよし良いだろう。今度ばかりは特別に。我が裁定下してやろう。この大蚯蚓が下してやろう……。


……フム、下水道は汚いと。そうかもしれぬ、だがしかし。であれば悪だと断ぜは出来ぬ。汚いものは嫌いであると。ただそれだけのことではないか。言い返すのも馬鹿らしかろう。それでも汚れ知らずは苦労知らずと。根拠も無しに言い返すのは。劣等感ずるところの現れ。逆も然りだ互いに然りだ。自分に自信を持ちなさい……。


 ……さらには何であると申すか。何ぞ大いなるものを持ち出して。不敬、不躾と言うは狡いか。例えば神や仏や先祖を信じ。敬い振舞うまでは良かろう。しかしそれを自分以外に。強制強要するのは善くない。しかし大して狡くも無かろう。自分自身が信ずるものに。従い行動するのが善かろう。但しこれは忘れるな。外れてはならぬどうがある。自分の他に迷惑を。こうむる者があってはならぬ。お前らの行為はこの道に。ことごとく反しておるのがわかるか。わかればよろしい金輪際。道を外れぬことを願うぞ……。



 これにてすっかりしょげ返り。静まりかえった上下水道。しかしそうは易々と。収まりつかぬが上下水道問答。互いの顔を見ていると。どうも悪い口が開いてしまう。道を外れるな愚か者。そう言い出すのは一体どちらか。上水道下水道……。上水道下水道……。上下水道問答……。

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