34 高等部の文化祭
秋も深まると、高等部の文化祭がある。征士くんのクラスは執事喫茶をやるそうで、女の子も男装するらしい。
征士くんに、恥ずかしいけれど良かったら来てください、と言われ、面白半分に玲子ちゃんと見に行った。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
きっちり執事さんのような、白ワイシャツに黒を基調としたロングジャケット、タイ、パンツスタイルの深見くんに笑顔で迎えられた。
「格好良いわね、深見くん」
「いえ。それを仰る専属執事が、お嬢様にはおりますでしょう?」
深見くんがちらりと、教室の真ん中の女の子達がいっぱいいる場所へ、目を向けた。
「呼んでまいりますね」
「あ、別に、いいのに……」
私の断りを聞かず、深見くんは女の子達の方へ行ってしまった。やがて女の子の輪の中心から、征士くんが抜け出してきた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。お嬢様の専属執事の瀬戸です」
恭しく一礼する。黒髪がさらりと揺れて、目が覚めるくらい、綺麗な執事姿だった。
「綺麗ね……。見違えちゃった。すごく格好良いわよ」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
征士くんが嬉しそうにはにかんだ。
「本日のお勧めは、特製ガトーショコラと紅茶のセットでございます」
「じゃあ、私はそれを」
「私も」
玲子ちゃんと同じものを注文して待っていると、すぐに運ばれてきた。
「それでは、ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
征士くんがいなくなってから、私と玲子ちゃんは小声で話した。
「瀬戸くん、すごく格好良かったね」
「そうね。あ、あっちで写真撮られているわ」
「あんなに格好良かったら、写真も撮りたくなるよね」
妬けないの? と面白そうに玲子ちゃんが言った。そう言われて、私は考えてみた。妬ける……? 確かに知らない女の子が、征士くんの写真を持っていたら……少し、嫌かもしれない。
ガトーショコラを食べていると、執事姿の深見くんと、志野谷さんと、山井さんがテーブルに来た。
「瀬戸の奴、すっかり明るくなって……成績も上位で、生活態度もきちんとしているんですよ。虹川先輩が友達になってくれたおかげです」
「私も虹川さんのおかげで、引っぱたかれたこと謝ってもらって……。苦手な政経の授業も、よく教えてもらっています」
「優しくて、穏やかで、成績優秀で……。先生達の評判も良くて、皆瀬戸くんのことを見本にしろと言われました。虹川先輩、ありがとうございました」
三人から口々に感謝を述べられ、照れてしまった。
「そんな、私はお友達になっただけよ。大したことはしていないわ。全部、瀬戸くんの努力よ」
すると三人は首を振った。
「全部、虹川先輩のおかげです。後は、またあいつと婚約してやってください」
「せめて、付き合ってあげてください」
「クラス中、いかに虹川先輩が素敵か聞かされてます。好きになってあげてください」
何てこと……。このクラスに誤った認識がされつつある。私は危機感を覚えた。
「あのね、多分瀬戸くんの中で、私と別人の区別がついていないの。だから、このクラスで間違えた私の認識をしないように、皆に言って頂戴」
三人は顔を見合わせた。
「そんなことを言われてもなあ……実際瀬戸の奴、中等部のときから虹川先輩にめろめろなの、皆知っているし」
「私達外部生の間でも、評判になってきているよ」
「来年のバレンタインは、本命の先輩以外全員断るって公言しているし……。認識も何も、高等部の中で瀬戸くんが虹川先輩のこと好きなの、有名です」
信じられない言葉の数々に、私は頭を抱えた。何てことだろう。もう高等部に、顔を出せないではないか。
黙って紅茶を飲んでいた玲子ちゃんが、ふふ、と笑った。
「じゃあ、月乃ちゃんは、来年大きなチョコレートケーキでも焼かなきゃね」
「玲子ちゃんまで……。あげても、友チョコよ」
「いいじゃない。友チョコでも、こーんなに大きなケーキを焼けばいいわ」
こーんなにね、と腕で大きな円を作ってみせた。三人もうんうん、と頷いた。
「出来たら、それまでに本命チョコになってください」
「私達からもお願いします」
私はぐったりして、帰ることにした。
帰り際、専属執事さんから「またのお帰りをお待ちしています」と朗らかに言われてしまった。
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