25 志野谷さんからの電話
自宅に連絡して、車で迎えに来てもらう。
私はずっと手紙のことを考えていた。
征士くんが志野谷さんとキスしていたのは、好きだからなのだろうか。私との写真が破かれていたのは、私と別れたいと遠回しに言っているのだろうか。
ぐるぐる考えているうちに家へ着いた。今日は征士くんが父に会いに来る日だ。直接訊いてみよう。
「え? 今日征士くん来ないんですか?」
「はい。何でも急用とかで……」
豊永さんが、そう教えてくれた。私は落胆して、椅子に座りこんだ。
「何か征士さんに、特別な用事でもあったんですか?」
「はあ、まあ……」
「まあ、とにかくお茶でも淹れましょうか。月乃さんの好きなキーマンの良い茶葉を仕入れたんですよ」
そう言って、豊永さんは部屋を出ていった。確かに私は、キーマンの紅茶が好きだ。でも今の気持ちは、あの蘭の香りでも落ち着かないだろう。
また考えに浸っていると、豊永さんが部屋に戻ってきた。紅茶は持っていない。
「あの、月乃さんにお電話がかかってきています。美苑の高等部の、
志野谷さんが、私に電話? 直接面識はないはずだけれど……と、思いつつ一応知らない名前ではないので、繋いでもらった。
豊永さんは私に受話器を渡すと、気を利かせて部屋からいなくなった。
『もしもし、初めまして。虹川月乃さんでしょうか。私は志野谷依子と申します』
「初めまして、虹川月乃です。志野谷さん、でしょうか……。何のご用事ですか?」
『はい。私、美苑大学付属高等部の一年A組です。虹川さんが婚約しているという瀬戸征士くんのクラスメイトです』
「それは瀬戸くんがお世話になっています」
私は動揺を押し殺して、取り敢えず社交辞令として挨拶した。
『実は……虹川さんには申し訳ないのですが、私と瀬戸くん、仲良くしていて……好き合っているんです』
私はそれを聞いて、心臓が飛び跳ねた。あの写真の姿は脳裏に生々しく焼き付いている。
「そ、うなんですか……?」
『はい。瀬戸くんは私のことが好きだけど、婚約も自分の一存では解消出来ないって悩んでいます。しがらみの多い婚約だって……。虹川さん、どうか彼を自由にしてあげてください』
私は声を詰まらせた。しがらみが多い婚約……。その通りだ。唐突に親会社の威光で婚約したのだから。
征士くんに本当に好きな人が出来たならば、こんな予知夢の為の婚約なんて、解消するのが正しい。
「……わかりました、志野谷さん。そんなにお互い好き合っているならば、私の入る余地なんてないですね。婚約は、解消します」
私が何とかそう言うと、志野谷さんは嬉しそうに笑った。
『ありがとうございます。私達、幸せになりますね』
「はい、お幸せに……。では私は、婚約解消の手続きをするので、これで……」
『はい。失礼いたしました』
電話は切れた。私は呆然として、受話器を握りしめた。
やっぱり征士くんは志野谷さんのことが好きなのね……。キスの写真と、ばらばらになった写真が入った封筒を手に取る。思った通り、これは征士くんからの、別れたいというメッセージだったのだ。
そうとわかれば、早く婚約を解消しなくては。私は封筒を持って立ち上がり、父の書斎へ向かった。
「征士くんと、婚約解消したい?!」
父は驚いたように声を上げた。私は写真や、予知夢や、経緯をなるべく詳しく見せたり話したりして父を説得した。
「征士くんに非はないんです。ただ他の人を好きになってしまっただけなんです。こんな予知夢の為だけの婚約は解消してください。それが彼の幸せです」
「話を聞くとそうだなあ……。こちらとしても、強引に婚約を結んでしまって悪いことをしたよ。だけど彼は経営者として、優秀になれそうなんだけどなあ」
心残りがありそうな父へ、更に言葉を重ねた。
「そんな、虹川の家の都合で巻き込んでしまっているから、征士くんは悩んでこんな写真を送ってきたんだと思います。全てこちらが悪いんです。何とかしてください」
「……そうだな。予知夢にこだわった我々が悪い。虹川家が全て迷惑をかけたとして、顧問弁護士の椎名に頼んで、慰謝料などを話し合わせよう」
「征士くんのお父様の会社での立場は、悪くしないように取り計らっていただけます?」
「それも椎名に話して条件としよう」
話がまとまったところで、父はすぐに電話で弁護士の椎名さんを呼んだ。
椎名さんは一時間もしないうちにやってきた。予知夢に関しては、椎名さんも知らない。
「……では、一方的に虹川家が婚約を解消したいということで、瀬戸家の方と慰謝料の相談をするのですね。学費に関しては、既に前払いしているけれども、足りないようならばまたそれも相談ということで。後、瀬戸家のご主人が、勤務先で不都合があれば、それも補うというお話でよろしいですか?」
「そういう話で進めてもらいたい」
「わかりました。では早速アポイントを取りますね」
椎名さんは携帯を取り出して、父が示した電話番号に電話をかけた。
征士くんのお母様が電話に出たらしく、明日はお父様もお休みで家にいるということで、明日椎名さんが相談をしに行くこととなった。
私は部屋へ戻ると、ぐったりとベッドに横になった。
色々ありすぎて精神が滅茶苦茶だ。
取り敢えず、征士くんの幸せが一番だと思った。
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