24 手紙

 梅雨の時期に入った。それでも朝は晴れていたので、サークルは活動するかしらと、ラケットを持って大学へ行った。

 しかし、お昼過ぎから雨が降ってきた。それ程大雨という訳ではないが、サークルは出来そうもない。案の定五限の途中で、今日の活動は中止、とメールが回ってきた。

 サークルをするつもりだったので、迎えの車が来るのはまだまだ先だ。私は車を断り、久しぶりに電車で帰ることにした。

 折り畳み傘をさして駅へ向かう。高等部の門を過ぎた辺りで、同じく傘をさしている深見くんにばったり会った。


「あ、深見くん、こんにちは」

「こんにちは。雨続きですね。今日もテニス部の活動、出来ませんでしたよ」

「あはは。私のテニスサークルも今日はお休み」


 深見くんは高等部でもテニス部に入ったようだ。しかし、征士くんが一緒に入部しなかったことが残念な様子だ。


「虹川先輩から瀬戸に今からでも入部しろって言ってくださいよー。藤原部長も瀬戸を入部させろって、うるさくて」

「藤原くんはまた部長さんなのね。でも私が言っても無駄だと思うわ。瀬戸くん、やることたくさんあるから」


 彼は放課後、私の父から経営について教わったり、グループの企業を見学したりしている。テニス部に入っている時間はなさそうだ。


「そんなこと言わないで、試合の助っ人だけでも頼んで……って、あれ、瀬戸じゃないですか?」


 あれ、と深見くんが前方を指し示した。確かに前を歩いている後姿は征士くんに見える。ただ、征士くんらしき人と女の子が、一つの傘で寄り添って歩いていた。


「そうね。瀬戸くんに見えるわね。……一緒に歩いている女の子は誰かしら」

「きっと、同じクラスの志野谷って奴ですよ。高等部からの外部生で、いつも瀬戸に付きまとっているんです」

「……志野谷、さん?」


 どこかで聞いた名前だ。どこだっけ……としばし考え、夢で視たことを思い出す。


「あ、あー。ボブカットの、可愛い女の子」

「そうです。……ご存じなんですか?」

「あ、いえ、ちょっと……。この間、教室で見た人かなー、と思ってね」


 そう言うと、ああ、と深見くんは頷いた。


「この間、見に来てましたよね。そうですよ。何かといえば、瀬戸に勉強を教えてくれだの、お昼を一緒に食べようだの……。虹川先輩がいるくせに、あいつ、女子はあんまり邪険に出来ないんですよね」

「別に女の子を蔑ろにしろなんて思わないわよ。仲、良さそうね。いいことだと思うわ」


 傘をさしている征士くんの腕に、志野谷さんは手を添えている。予知夢は的中していたのか。

 そう言われてみると、志野谷さんと一緒にお弁当を食べたり、勉強した夢も視た気がする。経済関係は的中しない割に、こちらは当たっていたのかと思った。

 …………何だろう。何だか、もやもやする。


「え、仲良くていいんですか?」


 深見くんの声に我に返った。そう、クラスメイトと仲良くて、何も都合が悪くないはずだ。


「いいんじゃない。クラスメイトなんでしょう? 女の子には優しくするべきだと思うわ」


 深見くんは何故か、大きく溜息をついた。


 ♦ ♦ ♦


 また、征士くんの予知夢を視る。

 高等部にある大きな池のほとりで、志野谷さんと熱烈にキスしていた。

 そんな馬鹿な、と思う。今度こそハズレだ。私の今の的中率は五割以下だ。



 一昨日の夢見は最悪、それでも大学へ向かう。今日は週に一度の貴重なゼミの日だ。最近の議題は、専ら『平家物語』だ。はずす訳にはいかない。

 講義の後、今日はサークル活動だ。久々の晴れだし、身体を動かせば気分転換になるだろう。

 玲子ちゃんと着替えてから行くと、既に若竹くんはコートに来ていてストレッチをしていた。


「よう、虹川、神田」

「早いわね、若竹くん」

「おう。久しぶりにテニスが出来るから、張り切って早く来ちゃったよ」


 相変わらずね、と笑うと、若竹くんはふと私を見た。


「そうだ。虹川宛に手紙を預かってるんだった」

「私に、手紙?」


 SNS全盛のこの時代に手紙なんて珍しい。


「誰から?」

「さあ? 俺も預かっただけだし。俺の法学部の友達の、国際学部の友達がもらったから渡してくれって回ってきた」


 伝言ゲームみたいだな、と笑いながら若竹くんは白い封筒を渡してくれた。お礼を言って受け取る。

 表書きには少し震えた字で、虹川月乃様と書いてあった。見覚えのある筆跡だ。征士くんの字だ。

 裏返してみると、やはり差出人のところに瀬戸征士と書いてあった。征士くんから手紙なんて、しかも回りくどい方法を使ってどうしたのだろう。私は嫌な予感がして、皆から少し離れて封筒を開けた。


「え…………?」


 中には、高等部の池のほとりで、志野谷さんが正面の征士くんとキスしている写真が入っていた。その他に、私が高等部の卒業式のときに、征士くんと一緒に撮った写真がびりびりに破かれて入っていた。


「な、に……。どういうこと……?」


 訳がわからない。青ざめていると、玲子ちゃんが心配したのか近寄ってきた。

 私は咄嗟に封筒を隠した。


「どうしたの? 月乃ちゃん、顔が真っ青だよ」

「…………何だか、わからない。私、帰る……」

「ええっ? 何があったの? 大丈夫?」

「…………」


 私は無言で、コートを後にした。

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