20 テニスサークルの夏合宿
合宿当日の朝。気持ち良く晴れている。
大学の門の脇にバスをつけてもらって、テニス道具や各自の持ち物、合宿係が用意した荷物などを積み込んだ。三、四年生は箱買いのビールやチューハイを持ってきていた。
合宿の場所の温泉旅館はバスで三時間程。おしゃべりをしたり、カラオケをしたり。弥生さんはノリノリで歌声を披露していた。
ようやく旅館に到着する。冬場はスキー客も泊まる温泉宿なので、夏場でも気温が低い。去年寒い思いをしたので、私は用意していた薄手のパーカーを羽織った。
「じゃあ、皆荷物整理して、一時間後にテニスコートに集合すること」
石田さんの言葉に、それぞれ部屋を確認して荷物を運んでいった。
私は玲子ちゃん達、同学年の女子五人部屋だ。私と玲子ちゃんは荷物を置くとさっさと着替え、合宿係としてテニスコートの準備へと向かった。
玲子ちゃんと二人でテニスボールを運んでいると、石田さんがやってきて手伝ってくれた。なるほど、さりげなく優しい。
準備もほぼ整ったところで、着替えてラケットを持ったサークルメンバーが集まってきた。ストレッチした後、今日は旅館の外をぐるりとランニング。青い葉の茂った山々が近くに見えて、走っていて気持ちがいい。
コートに戻って玲子ちゃんと軽くラリーをしていると、石田さんが声をかけてきた。
「玲子。明日の花火の場所が、変更になりそうなんだが……」
後ろにいた同学年の女の子が、きゃあ、と声を上げた。
「石田さんが『玲子』ですって。何で突然名前呼び?」
「ああ、ちょっと弥生さんが冗談で言ったことを、真に受けちゃって……」
あの後、石田さんは弥生さんに、誰を名前呼びしていいのか訊いていた。弥生さんは張り切って、この子は先約済み、この子は名前で呼んで大丈夫、と細々と教えていた。
あまりにも細かすぎて、結局石田さんは、玲子ちゃんと若竹くんならば呼んでもいいとしか覚えていなかった。ちなみに玲子ちゃんと若竹くん以外は、同学年全員付き合っている男子がいる。
そうこうしているうちに花火の話は終わったらしい。
石田さんは素振りをしていた若竹くんに叫んだ。
「おい、努! 今から俺と試合しよう」
唐突に名前で呼ばれ、若竹くんはぎょっとした顔で石田さんを見つめた。
♦ ♦ ♦
「では、肝試しについて説明します」
練習が終わって、夕食後、私は今から行う肝試しについて説明を始めた。
「今から配る地図の順路をたどって、墓場の横にあるお堂の中から、蝋燭を一本ずつ取ってきてください。取ってきた蝋燭は、四年生の千葉弥生さんに見せてください。予め組み合わせを決めているので、組み合わせ通り二人組になって、順番に時間通り出発してください」
弥生さんには、旅館で待機して、送り出しと迎えの確認をしてもらう。私は順路の真ん中辺りに陣取り、道を間違えていないか監視だ。後、若竹くんに頼んで、お堂の中でシーツを被って、お化け役になってもらう予定だ。
私は一足先に出て、街灯の影の木の下で監視する。こちら側からは街灯の明かりで誰か来たことがわかるが、向こうからは見えないはずだ。
まだ私のいる辺りはぽつり、ぽつりと街灯があるが、それでも普段私達が住んでいる街よりはかなり薄暗い。墓場付近はほぼ暗闇なので、懐中電灯を持ってもらう手筈だ。
「何か肌寒くて、雰囲気あるね……」
「そうだね……」
一組目の女の子達が来た様子だ。私は、木の枝にくくりつけていた縄を引っ張って、がさがさ、がさがさと大きな音をたてた。彼女達はビクッとして、足早に通り過ぎて行った。
二組目、三組目と枝を引っ張って驚かせていると、四組目に石田さんと玲子ちゃんがやってきた。勿論、この組み合わせは私の独断だ。
「暗いですね……」
「まあ、まだここは街灯があるから多少見えるよ」
私は見計らって枝を引っ張った。思っていた以上に力が入ったらしく、かなり大きな音となった。
「きゃあ!」
玲子ちゃんが石田さんの腕にしがみついた。石田さんはこちらに懐中電灯を向けた。
「玲子、虹川が枝を引っ張っているだけだよ」
「え? 月乃ちゃんが……?」
玲子ちゃんは腕にしがみついたまま、おそるおそるこちらを見た。石田さんは玲子ちゃんのセミロングの髪を撫でて宥めていた。
「俺に掴まっていていいから。行こう」
石田さんの腕にしがみついて、玲子ちゃん達は去っていった。玲子ちゃんは怖がりらしい。石田さんは頭など撫でていて、いい雰囲気だ。後で弥生さんに報告しよう。
最終組まで確認してから私も旅館へ戻った。
弥生さんと全員蝋燭を持って戻ったか確認していると、若竹くんが得意げにやってきた。
「俺のお化け、結構皆怖がってくれたぜ」
お堂の扉を開けた途端、シーツを被った若竹くんが襲いかかったらしい。それはびっくりするだろう。
「特に神田。半泣きになって、石田さんに抱きついていたなあ」
私と弥生さんは顔を見合わせた。こそこそと内緒話をする。
「そういえば私が驚かせたときも、石田さんにしがみついて頭撫でてもらっていました」
「石田も満更でもない感じじゃない?」
「え、何なに?」
若竹くんが話に入ってこようとしたので、一旦内緒話は中断した。
「何でもないわ。若竹くん、手伝ってくれてありがとう」
「いや、俺も楽しかったし」
若竹くんはにこにこ笑って言った。
合宿一日目の夜は、そうして更けていった。
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