21 玲子ちゃんと石田さん
合宿二日目。今日もいい天気だ。
朝ごはんを食べ、少し休んでからテニスコートへ行く。今日は、弥生さんの決めた組み合わせで、試合形式の練習だ。
勿論実力的に、私は玲子ちゃんと試合を行った。結果は6─4で私が勝った。征士くんから、この間ボレーのコツを聞いていたおかげだ。
石田さんは三年生の男子と試合をしていた。やっぱり上手だ。サービスなんて、百八十キロくらい出ているのではないか。
「石田さん上手ね。征士くんもきっと、敵わないと思うわ」
玲子ちゃんに話しかける。彼女はぼうっと、試合を観ていた。
「え、あ、そうね。上手ね。見惚れちゃうくらい」
「見惚れていたのね」
「……からかわないでよ」
試合は圧勝の6─0。なかなか誰も石田さんには敵わない。
その後も交代で試合をして、練習は終わった。
夜には皆で花火をした。玲子ちゃんは花火が行き渡っているか確認し、バケツもいくつか用意していた。石田さんがバケツを運ぶのを手伝っていた。
楽しく花火を終わらせて、後始末をした後、温泉に入った。美肌の効能があるらしく、温泉から出た後は肌がもちもちしているような気がした。着替えは折角なので備え付けの浴衣。湯上りで上気した顔の玲子ちゃんは色っぽい。
昨日は参加しなかったが、今日は少しだけ飲み会に参加した。
四年生の男子部屋が広いので、そこで行っているらしい。弥生さんと玲子ちゃんと顔を出すと、既に何人かは出来上がっていた。
「石田さ~ん。石田さんのあの超高速フラットサーブ、極意を教えてくださいよお~」
「そんなの、練習するしかないだろ」
酔っぱらった若竹くんに、石田さんが絡まれて閉口している。
石田さんは私達に気が付くと、若竹くんを振り切ってこちらにやってきた。
レモンサワーを渡してくれる。
「三人とも、合宿係お疲れ様。乾杯しよう」
「まだあと一日あるけどねー」
弥生さんはまぜっかえしたが、タブを引っ張り開口させ、素直に乾杯した。
「合宿、お疲れ様。乾杯」
四人で缶を合わせる。お風呂上りで喉が渇いていたので、私は一気に半分程飲んでしまった。
「ちょっとー、月乃ちゃん。もう飲みすぎないでよ」
「そうよ。今日はこれ一缶だけね」
弥生さんと玲子ちゃんに、たしなめられてしまった。石田さんは目を瞬かせた。
「何だ。虹川は酒癖が悪いのか?」
「いえ、あの……。前に飲みすぎて、記憶をなくしてしまって……」
「記憶をなくす程、飲む方が悪い」
全くもって、その通りです。私は項垂れた。
「でも三人とも、よくやってくれたよ」
「ありがとうございます」
「俺と千葉はいなくなるけど、来年からも頑張ってくれ」
その言葉に、玲子ちゃんは悲しそうな顔をした。石田さんは気付いているのかいないのか、話を続けた。
「今回の合宿は楽しかった。練習も、肝試しも、花火も。四年間で一番楽しかったんじゃないかな」
「私達も楽しかったです」
「特に玲子は、あんまり力がないのに重い物を頑張って運んだり、練習も一生懸命だったり……偉いと思った。これからも練習で訊きたいことがあれば、どんどん訊いてくれ」
弥生さんが、私に目配せをしてきた。私は輪の中からちょっと外れて、弥生さんの隣に行った。玲子ちゃんと石田さんは気付かず、肝試しのときは……などと話している。
弥生さんは私にこそっと耳打ちした。
「何となく、いい雰囲気じゃない?」
「そうですね。私達お邪魔でしょうか……」
やがてサワーがなくなる頃、玲子ちゃんは夜風に当たってくると言った。
「じゃあ、俺が付き合うよ。女の子一人じゃ危ないだろ」
「あ、ありがとう、ございます……」
二人は喧騒に紛れて、部屋から出て行った。随分な騒ぎなので、私と弥生さん以外、玲子ちゃん達が出て行ったのに気が付いていない。
「ねえ、くっつくと思う?」
「どうでしょうね……。でも、いい雰囲気でしたよね」
「玲子ちゃん、言うのかな?」
私達はくくっと笑った。しばらく待っても二人は帰ってこなかったので、私は部屋に戻った。他の女子はまだ飲んでいるようで、部屋には誰もいなかった。
私は布団に横になって、持ってきていた小説を読み始めた。
物語が面白くなってきた頃、そっと玲子ちゃんが部屋に戻ってきた。
「月乃ちゃん……私、私……」
「? どうしたの?」
「石田さんと、付き合えることになったの!」
玲子ちゃんは、きゃー、と枕に顔を押し付けた。私も興奮した。
「何なに?! どっちから告白したの?」
「思い切って私から……。そうしたら石田さんも、可愛いから気になっていたって言ってくれて……。付き合ってくれるって言ってくれたの!」
「きゃー!! すごい! おめでとう!」
弥生さんにも言わなきゃ、とメールをする。弥生さんは走って私達の部屋へやってきた。
「付き合うんだって?! おめでとう!」
「ありがとうございます」
はにかんだ玲子ちゃんは、とっても可愛い。石田さんがOKしないはずはない。
部屋に同室の女子が戻ってくるまで、私達は盛り上がった。
合宿最終日は、昨夜羽目を外しすぎたせいか、皆ぐったりとしていて練習になりそうにない。石田さんはバスの時間を繰り上げ、早目に大学に戻るよう手配した。
テニス道具を片付けながら、玲子ちゃんと石田さんが蕩けるように笑い合っているのを見た。
いつも飄々としている石田さんのあんな顔を見たのは、初めてだった。
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