17 若竹くんと応援
夏になると、恒例の中等部のテニス大会がある。私も例によって、験担ぎの差し入れを頼まれた。
サンドイッチ、おむすびと来て、次は何を作ろう。頭を捻って考えた挙句、キッシュを焼くことにした。ほうれん草やベーコンやチーズなど、具も色々入れられるから、味も飽きないだろう。
若竹くんが今年も征士くんの応援に行くのかと尋ねてきたので、皆にお弁当を差し入れに行くと言ったら、一緒に行こうと誘われた。差し入れを狙っているのが、見え見えだ。
「よう、虹川」
「こんにちは、若竹くん」
最寄りの駅で待ち合わせた。
若竹くんは私の大荷物を持ってくれた。
「これが差し入れ? 何が入ってんの?」
「キッシュよ。ほうれん草とか、かぼちゃとか、じゃがいも、ベーコン、チーズとか他にもたくさん色々なキッシュを作ったの。いっぱい切り分けてあるから、若竹くんも食べてみてね」
「おう、サンキュ」
暑い日差しの中、テニスコートまで並んで歩く。屋外コートより、今年も屋内がいいなと思った。
「若竹くん、カーゴパンツ暑そうね」
「お前はショートパンツで涼しそうだな。俺もハーフパンツにしてくりゃ良かった」
「でも、すごい日焼け止め塗ってるのよ」
今日はチェックのブラウスとショートパンツに日除けの帽子。顔も腕も足も、日焼け止め対策はばっちりだ。若竹くんは、上はVネックの半袖カットソーで涼しそうだが、きっちり足を覆っているカーゴパンツは暑そうだ。
「そっか。女は大変だな。サークルのときも皆してやたら日焼け止め塗ってるし」
「若竹くんは焼けたわねー」
若竹くんはすっかり小麦色の健康的な肌だ。
私は焼けにくい体質なので、日焼け止めを塗っておかないと、真っ赤になって熱を持って恐ろしいことになる。
そんなことを話しているうちに、会場へ到着した。二人で掲示板を見に行き、どこのコートか確かめる。
「あちゃー、屋外の二番コートか」
「暑そうね。熱中症にならないようにしないと」
途中でスポーツドリンクを買ってコートに向かう。お馴染みの紫がかったウェアの集団が見えた。
「あっ、ま……瀬戸くん、差し入れ持ってきたわよー」
今日は一番に征士くんが目に入った。私の声に彼は振り返った。
「こんにちは。いつもありがとうございます。……若竹先輩と一緒にこちらへ?」
「うん。たくさん差し入れ持ってきたから、待ち合わせて運ぶの手伝ってもらったの」
「そうですか。若竹先輩、ありがとうございます」
話していると、一人の男の子がやってきた。若竹くんにそっくりだ。一目で弟さんだとわかる。
「兄ちゃん、応援に来てくれたの?」
「おう。だってお前、ダブルスで試合に出るって言ってたじゃんか」
若竹くんは弟さんに私の差し入れを預けた。
「これ、サークル仲間の虹川から差し入れ。虹川、こいつが弟の
「毎年差し入れをくれるっていう虹川先輩ですね。去年はおむすびありがとうございました! 俺は二年の若竹要っていいます」
「要くんね、よろしく。虹川月乃です。今年はキッシュを焼いてきたの。皆で食べてね」
要くんは大きな声でお礼を言うと、差し入れを持って皆の方に走っていった。若竹くんも、俺にも食わせろよー、と要くんを追いかけていった。
元気だなあと私は笑いながら、征士くんに箱を手渡した。今年も征士くんへの差し入れは特別製だ。
「はい。エビとほうれん草とベーコンのキッシュ。エビ入りはこれだけよ」
「毎年ありがとうございます。……ちょっと、たくさんですね」
「ああ、私も二、三切れ一緒に食べようと思って。征士くん、部長さんでしょ。何試合も出るんでしょ。若竹くんも一緒だし、折角だからたくさん観ていこうと思ってね。私もお昼代わりにつまもうって、いっぱいにしたの」
征士くんはそうですか、と言葉少なに食べ始めた。私も一切れ口に入れる。エビ入りは初めて作ったが、我ながら美味しく出来たと思った。
征士くんがしゃべらず黙々と食べているので、自然こちらも食べるペースが速くなる。三切れ目を口にしていると、不意に征士くんが口を開いた。
「さっき、若竹先輩と差し入れを持ってきてくださったとき、何だかお似合いだなあと思いました」
「……へ?」
思いもかけない言葉に驚く。若竹くんとお似合い?
尚も征士くんは話を続けた。
「虹川会長が若竹先輩に婚約話を持っていったら、今頃僕はお払い箱でしょうね」
「え……ちょ、ちょっと待って」
「だって月乃さんは、虹川会長が決めた相手ならば、誰でもいいんでしょう?」
「それは……。そうなんだけど」
実際婚約話が決まるまで、どんな相手でもとは覚悟していた。下がってしまった予知の的中率の為に、条件に当てはまる婿がいれば誰でもと思っていた。
「でも今のところ征士くんが嫌がらない限り、婚約話はなくならないと思う……。他に該当者いないし」
「該当者がいないから、今のところ僕、ね……」
皮肉っぽく、征士くんが笑った。こんな笑い方は初めて見る。話の流れも嫌な感じだ。
「あの、ね……」
「あ、僕試合なのでもう行きます。ご馳走様でした」
話を続けようとしたら、無理矢理打ち切られた感じがした。何となく、話し方も投げやりだ。
「そう……。頑張ってね」
「はい」
素っ気なく返事をして、コートに向かって行った。私はそれ以上、言葉がかけられなかった。
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