13 記憶がない!
小鳥のさえずりが聞こえて、私は目が覚めた。
いつもの自室のベッドの上。しかし着ているものは昨日の私服だ。ぐちゃぐちゃによれてしまっている。
「……あれ?」
私は誕生日祝いに、弥生さんと玲子ちゃんと飲んでいたはずだ。ファジーネーブルを飲んで……。そこから記憶が曖昧だ。
頭が痛い。飲みすぎだ。こめかみを両手で押さえていると、扉がノックされた。
「月乃さん、お目覚めですか? ……二日酔いですか?」
部屋に入ってきたのは、お手伝いさんの豊永さんだ。短大を卒業してから一年ばかり我が家で働いている若い女性で、年齢も近いせいか仲が良い。
「はい、うう……。頭が痛い……」
「待っていてくださいね、今二日酔いの薬を持ってきますから。その間にシャワーを浴びたらいかがでしょう。すっきりしますよ」
「ありがとう、豊永さん……」
豊永さんは、ぱたぱたと部屋を出ていった。私は着替えを持って、自室に併設されているシャワーブースへと足を向けた。
軽くシャワーを浴びて化粧水をつける。美容液をつけ終わった頃、豊永さんが戻ってきて液体の薬を渡してくれた。はちみつを舐めると頭痛が治りますよ、と甘いはちみつを一緒に持ってきてくれていた。
薬を飲んではちみつを舐めたら、少し気分がすっきりしてきた。今日の講義は五限のみだ。この調子なら大学に行ける気がする。
「朝食はどうしますか。水分を多くとって、早くアルコールを抜いたほうがいいですよ」
「そうですね。食堂まではまだ行けそうもないから、軽い物を何か持ってきてもらえますか? お手数かけてすみません」
「わかりました」
再度豊永さんが出ていった。私は椅子に腰かけて、小さいテーブルに肘をつく。
……どうやって、帰ってきたんだっけ。居酒屋さんで突っ伏していた気がする。弥生さんと玲子ちゃんが運んでくれたのだろうか。いやいや、あの二人が私を支えられるとも思えない。
色々考えをめぐらせていると、豊永さんがおじやとしじみのお味噌汁、お茶を運んできてくれた。テーブルの上にそれらを並べ、急須から温かいお茶を注ぐ。
「しじみのお味噌汁も二日酔いに効果的ですからね。でも、もうあんなに飲んじゃ駄目ですよ。一人で帰れなくなるなんて、情けないですからね」
茶目っ気を含んだ豊永さんの言葉に深く頷いた。それから疑問に思っていたことを尋ねる。
「私やっぱり、弥生さんや玲子ちゃんに送ってもらったんですか? あまり覚えていなくて……」
「まあ。覚えてないんですか? 征士さんがおぶって、タクシーで連れて帰ってくれたんですよ」
「えっ?!」
何故征士くんが……。そういえば弥生さんと玲子ちゃんに、征士くんのお話をしたような気が……。でもどうしてそれが、お迎えに繋がる?
「虹川会長が大層感謝していて……。月乃さんは眠っていたから、お礼を言いそびれたでしょう。ちゃんと、ありがとうって言ってくださいね」
「…………」
ま、まあ、今日大学に行ったら玲子ちゃんに事情を聞こう。話が本当ならば、征士くんにもお礼を言わなければ。
私がお茶を飲むと、すぐに豊永さんが注ぎ足してくれた。
午後にはすっかり二日酔いも治ったので、五限の講義を受けに大学へ向かった。今日は文法の小テストがある。あまり自信はない。
教室に入ると玲子ちゃんはもう来ていて、テスト範囲を勉強していた。私は隣の席に座った。
「あ、月乃ちゃん! 大丈夫? 学校に来て平気だった?」
「もう大丈夫よ。それよりも私、昨日のことあまり覚えてないんだけど……。征士くんが迎えに来てくれたって、本当?」
「やだ、覚えてないの?」
私は玲子ちゃんからあらましを聞いた。弥生さん……電話するなら、自宅にかけてくれれば良かったのに。
「瀬戸くん、月乃ちゃんのこと颯爽と背負ってくれて、すごく格好良かったよ。婚約者があんなに格好良いなんて羨ましい」
「婚約者って、学校で言わないで……」
小テストの結果は散々だった。
♦ ♦ ♦
夜になって、悶々とした挙句、私は征士くんに電話をかけた。まず私は非礼を詫びた。
「あの、ごめんなさい。昨夜は迷惑をかけちゃって……」
『大丈夫ですよ。でも、もうあまり飲みすぎないようにしてくださいね』
「はーい……」
私はしゅんとした。ほとぼりが冷めるまで禁酒しよう。
『それで、誕生日祝いなんですけど』
「誕生日祝い? 何それ?」
『嫌だなあ、昨日タクシーで話したじゃないですか』
私は何も覚えていない。仕方なく正直にその旨を話す。
『え、何も覚えていないんですか?』
「本当にごめんね? 実は征士くんがお迎えに来てくれたことも覚えてない……」
『そうなんですか。……うーん』
しばらく征士くんは黙った後、ぽつりと言った。
『あしか』
「え?」
『月乃さんの誕生日祝いに、水族館にあしかを観に行きましょうって話したんですよ。好きなんでしょう?』
確かにあしかは大好きだ。よく一人でも近くのビルの水族館へ観に行っている。従順で様々な芸を見せてくれるのがほっこりする。
征士くんはもう一度楽しげに『あしか観たいですよね』と言った。
「あしか……観たい……」
『じゃあ、決まりですね。次の休み、空けておいてください』
「あ……」
電話は切られてしまった。酔って面倒を見てもらった挙句、私の趣味に付き合わせてもいいのだろうか。でも、あしかは観たい。
私は征士くんの好意に甘えて、水族館へ行くのを楽しみにすることにした。
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