12 酔い潰れて

 お酒は初めてなのに、調子に乗って飲みすぎた。途中からは、恥ずかし紛れでもあったけれど。


「ふにゃー」


 机に突っ伏していると、弥生さんと玲子ちゃんから心配そうに声をかけられた。


「大丈夫、月乃ちゃん?」

「ちょっとペースが速かったね。もう少し私がきちんと見ていれば……」


 立ち上がろうとしても、上手く足に力が入らない。壁にもたれながら立ち上がってみたが、すぐにずるずると座り込んでしまった。


「酔い覚ましにしても、あまりお店にいる訳にもいかないし。せめてタクシー乗り場まで連れていってあげられれば……」


 弥生さんがそう言って、玲子ちゃんと私の両腕を片側ずつ担いだ。しかしそれでも、立ち上がることは出来ても、歩くことは出来なかった。


「うーん、困ったな。……ここは婚約者くんに来てもらおうか。月乃ちゃん、携帯見せてねー」


 弥生さんは私のバッグから携帯を取り出し、操作した。その後、自分の携帯で電話をかけた。


「もしもーし。瀬戸征士くんですか? 私は月乃ちゃんのサークルの千葉弥生です。……いや、こちらもお久しぶりで。ちょっとね、月乃ちゃんの誕生祝いに飲んでたら、彼女酔い潰れちゃって。私と玲子ちゃんだと支えきれなくて、迎えに来て手伝ってもらえればと思ったんだけど……どう?」


 それから少しの間弥生さんは話していたが、やがて電話を切った。


「すぐ来るって」

「じゃあ、少し待ってましょうね」


 私はお水を飲ませてもらった。


「うう~、二人ともごめんなさいね~」

「気にしなくていいよ。こっちこそ、飲ませすぎてごめんね」


 しばらくして、がらりと大きな音をたてて、居酒屋さんの扉が開いた。征士くんが迎えに来てくれた。

 急いで駆け付けてくれたのか、髪の毛は乱れに乱れ、息を大きく弾ませている。私達の姿を見つけると、大股で近寄ってきた。


「月乃さん! 大丈夫ですか?」

「征士くん~。あんまり大丈夫じゃない~」


 征士くんは困った顔をした。弥生さんと玲子ちゃんを振り返る。


「千葉先輩、神田先輩。お世話をかけました。月乃さんは僕がおぶって、タクシーで帰ります」

「タクシー乗り場まで遠いよ。せめて荷物くらい一緒に持っていこうか?」

「いえ、小さな鞄だけみたいですし、大丈夫です。ここのお勘定は……」

「ああ、今日は二人の誕生日祝いに私の奢りだから大丈夫」


 私の頭上で会話が交わされている。あまり理解出来なかったが、征士くんが背中を差し出してきたので、遠慮なく覆い被さった。

 征士くんは軽々とひょいっと立ち上がると、後ろ手に私のバッグを受け取った。


「おおー、さすが男の子だね」

「そうですね。月乃ちゃんをよろしくね」


 二人に見送られ、私を背負った征士くんは外に出た。


「征士くん~、私重くない?」

「軽いですよ。平気です」

「えへへー。背中大きくなったわね。最初会ったときも格好良いと思ったけど、どんどんもっと格好良くなっている……」


 私はくったりと背中にもたれかかった。走ってきたのか、汗の匂いがする。


「征士くんの汗の匂い、良い匂い。テニスしているときみたい。征士くんがテニスをしている姿はとびきり格好良くて、何だか色っぽい~」

「…………」

「あ、すごく優しいところあるわよね~。一年のときから色々気を遣ってくれるし、お願いしたらサークルに来てくれるし。こうしてお迎えも来てくれるし」


 優しいのは、と征士くんが呟いた。


「優しいのは月乃さんの方ですよ。最初に会ったときから気を回してくれたし、年上のお嬢様なのに気安くどんどん話しかけてくれたり。お弁当も好みに合わせて作ってくれたり、差し入れを頼んでも嫌な顔ひとつしない。僕がテニス好きだから、サークルに入って覚えようとしてくれる。すごく優しいです」

「『お母さん』みたいに優しい? でも、年齢的には『お姉さん』の方がいいなあ~」

「……お母さんって何の表現です? 月乃さんはお母さんでもお姉さんでもないですよ。僕の大事な婚約者さんです」


 タクシー乗り場に着いた。征士くんは家まで送ってくれるらしい。一緒に乗り込んだ。


「僕の肩にもたれていて、いいですよ」


 座席に座るとこう言ってくれたので、お言葉に甘えて頭を乗せかける。


「兄の言う通り、綺麗な髪ですね……」


 征士くんは白く長い指で私の髪を梳いた。

 私が長い髪をキープしているのは、予知夢的中率を上げるためだ。気休め程度のまじないだが。

 それでも褒められて嬉しい。


「ありがとう……」

「指通りもいいですね。色白だから、お姫様みたいですね」

「……それは、褒めすぎ~」


 少し拗ねると、征士くんは笑いながら掌で私の頬を撫でた。


「本当ですよ? 可愛い」


 私はからかわれているのだと思って、つんとそっぽを向いた。

 窓から見える月は満月だ。道理で明るいと思った。


「そういえば、月乃さんの誕生日って五月なんですね。僕、知らなくて……。二十歳、おめでとうございます」

「そう言われるのが嫌だったから教えなかったのよ。また歳が離れちゃうでしょ」

「ええ? 僕はお祝いしたいです。今度、どこか月乃さんの好きなところに行きましょう」


 好きなところ、と言われて心が動く。


「……水族館で、あしかショーが観たい」

「いいですね、水族館。折角だから大きいところに行きましょうね」

「うん……」


 段々眠くなってきた。車の揺れが心地良い。ますます征士くんへもたれかかった。


「月乃さん?」

「…………」

「……眠っちゃったんですか?」


 最後に、大きな手で頭を撫でてもらったような気がしながら、私は眠りに落ちていった。

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