8 中等部テニス部の応援

 季節は夏になった。

 中等部のテニス部の大会に、征士くんにお弁当の差し入れを頼まれた。


「二、三年生が験担ぎだと、どうしてもって頼まれて……」

「別に構わないわよ。征士くんは今年も試合に出るの?」

「はい、シングルスで出ます。今年も頑張ります」

「じゃあ、応援しに行くから。頑張ってね」



 当日私は大量のおむすびを作った。これくらいあれば全員に行き届くだろう。

 重箱を大きな風呂敷包みにして、私は家を出た。

 会場は去年と同じだったので迷わずにすんだ。


「えーと」


 掲示板で確認する。今年は屋内コートのようだ。麦わら帽子は折り畳んでコートに入る。


「あっ、虹川先輩!」


 集団を探すまでもなく、深見くんが私に気付いてくれた。


「こんにちは、深見くん。瀬戸くんはいるかしら」

「はい、いますよ。すぐに呼んできますね」


 しばらくして、深見くんは征士くんを連れてきた。


「はい、これ。差し入れのおむすび」


 深見くんに風呂敷包みを渡すと、彼はわあっと集団に持っていった。深見くんを追いかけようとした征士くんを私は引き止めた。


「待って。これ、征士くんの分」

「え。僕の分?」

「去年食べられなかったでしょう。だから今年は特別製」


 私は籠の容器を取り出した。大き目のおむすび三個。内容は具沢山だ。


「まさか僕の分もらえるなんて……。月乃さんのお弁当、久しぶりだからすごく嬉しいです!」

「おむすびだけで大袈裟よ?」


 征士くんはおむすびをほおばり、あっという間にたいらげてしまった。それとともに、深見くんが空になった重箱を持ってきた。


「あ、瀬戸! お前だけ別の弁当かよ」

「同じおむすびよ。去年食べられなかったから、別箱で渡したの」

「ふーん。まあ、お前の『月乃さん』だものな。今年も美味かったです。ありがとうございました!」


 私は軽くなった重箱を受け取った。征士くんからも籠をもらう。


「僕も美味しかったです。これで勝てる気がします!」

「お弁当の御利益があるか、私も責任重大ね。応援しているから頑張って!」


 三十分程したら試合だという。荷物もあるので、私は椅子のある二階の応援席へ登った。

 椅子に座ってコートを眺めていると、不意に声をかけられた。


「あれ、もしかして、虹川?」

「え? 若竹くん?」


 サークルの同期生の若竹くんが、私の目の前に立っている。私は驚いたが、彼もびっくりしているようだ。


「何で虹川が、中等部のテニス部の試合に?」

「ええっと、知り合いが試合に出るっていうから応援に……。若竹くんは?」

「俺の弟が、もしかしたら試合に出られるかもって言うからさ。一年なんだけど、ずっと一緒にダブルス組んでた奴と息が合っていて。一試合くらいは出してもらえるかもって」


 若竹くんは、私の隣に腰を下ろした。階下ではウォーミングアップが始まっている。


「虹川の知り合いって、どいつ?」

「あそこの隅にいる……瀬戸征士くん。二年生で、シングルスに出るらしいのよ」


 指差すと、微かに征士くんと目が合ったような気がした。若竹くんはああ、と言った。


「うちの弟が、よく瀬戸先輩がすごいって話してるよ。何でもイケメンで、頭も良くて、テニスもめっちゃ上手いとか」

「あ、ははは……」


 何だか、曲がりなりにも婚約者だ、とは言えない雰囲気だ。

 それからはサークルの噂話などしているうちに、試合は始まった。

 若竹くんの弟さんは、この試合には出ないようだ。


「何、あいつ……。中等部生とは思えねえ」


 若竹くんの視線は征士くんへと向かっていた。征士くんの試合は圧倒的だった。相手に1ゲームも取らせない。

 あっという間に6─0で試合を終わらせてしまった。


「なあ虹川。お前、あいつの知り合いっていうなら、今度頼んで俺と勝負させてくれよ」

「ええっ、駄目よ。相手は中等部の子よ」

「それでもすげえからやりたいんだよ。な、頼むよ」

「そんなこと言われても……」


 若竹くんは私の両肩を掴んで、懇願してきた。地味に痛い。


「なあ、この通りだって」

「……はあ。一応機会があったら訊いてみるけれど。あまり期待はしないで」

「マジで?! 絶対よろしくな!」


 若竹くんは顔を輝かせた。ぶんぶんと私の手を握って振る。

 ふと下を見ると、征士くんがこちらを見上げていた。目が合うと逸らされた。何だろう。

 まだ試合を観ていくという若竹くんと別れ、私は重箱を抱えて家へ帰った。

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