7 テニス初心者練習

 大学の講義は、弥生さんのアドバイスを聞きながら、玲子ちゃんと選んだ。全員同じ時代の文学が好きなので、それを中心に、後は必修の語学など。英語は苦手だ、とこぼすと、語学が得意らしい玲子ちゃんに慰められた。


「同じ講義取るし、わからないところは教えるから」


 見た目美少女な彼女は、中身も天使のようだった。


 ♦ ♦ ♦


 金曜の放課後更衣室でジャージに着替えてから、指定された第二テニスコートへ行く。

 全員でストレッチや軽いランニングをした後、初心者五人は集められた。

 若竹くんはきっちりテニスウェアを着ていて、喜々として上級生の練習に混ざっていった。

 中古のラケットが配られ、持ち方の基本を教わる。そして素振り。あまり運動が得意でない私と玲子ちゃんは必死だ。

 持ち方や素振りを教わっているうちに、徐々に空が暗くなってくる。私達は先輩方の練習した後の球拾いをやって、その日は終了となった。


「いつか、綺麗なサービスやスマッシュが出来たらいいわね」


 私が漏らした言葉に、玲子ちゃんが首を傾げた。


「そういえば、何で月乃ちゃんはテニスサークルへ入ったの? 上手になりたいの?」

「んーん。秘密」


 征士くんに憧れて……。なんて動機が不純すぎる。

 でもまだ初日。これから少しでも上達するだろうか。

 テニスサークルに入ったのは、まだ征士くんに内緒にしている。少しでも上手くなったら報告するつもりだ。



 やがて素振りや基本の打ち方を教わり……。玲子ちゃんとほんの少しラリーが続くようになった。のんびりと打ち合っているように見えるらしいが、こちらは必死だ。右腕が痛い。


 ♦ ♦ ♦


「月乃さん、手、どうしたんですか?」


 久しぶりに会った征士くんに心配されてしまった。マメが出来たので、手はテーピングでぐるぐる巻きだ。隠しようがない。


「実は……」


 テニスサークルに入ったことを、白状する。征士くんが格好良かったから、憧れて……と話すと、彼は僅かに顔を赤くした。


「じゃあ折角ですので、月乃さんに合うラケットを買いに行きましょう」

「それはいいわね」


 いつまでもお古のラケットというのも寂しい。若竹くんは格好良いラケットを何本も持っているので、密かに羨ましかったのだ。

 征士くんのお勧めのスポーツ用品店へ入る。ラケットを見立ててもらい、ついでにラケットとお揃いの色合いのシューズも買ってしまった。美苑カラーの紫が入っていて何だか嬉しい。


「どのくらい出来るようになったんですか?」

「え? まだまだ全然。ほんのちょっとお遊び程度にラリーが出来るくらい」

「良かったら、相手しましょうか?」


 彼の提案に、私は目を丸くした。いやいや、本当に初心者よ?


「今日は部活が休みなのでコートが空いています。ここから学校まで近いですし、僕の道具は部室に置いています」

「でも私、すごく下手よ?」

「だから基本だけ。姿勢とか簡単な打ち方とか。そのくらいいいでしょう?」


 征士くんに押し切られ、中等部へ向かう。幸い今日の服装はチュニックにレギンスだから、多少動いても構わないだろう。

 彼の言う通り、コートは全面空いていた。征士くんが部室に行っているうちに、先程買ったラケットとシューズを取り出す。靴を履きかえていると、征士くんがラケットを持ってやってきた。


「素振り、見せてください」


 言われた通り、教わった素振りをする。征士くんが近寄ってきた。


「悪くないんですけど、もっとここをこう……」


 私の腕に彼の手が触る。思わずラケットを取り落しそうになったが、寸前で堪えた。

 征士くんはぎこちなく素振りをする私の背後に回り、後ろからそっと姿勢を直す為に触れてくる。


「こんな感じで。わかります?」

「…………」


 ごめんなさい。ちっともわかりませんでした。

 背後の彼を振り返る。先程から違和感を覚えていたのだ。


「背、伸びたわね……」


 一年前は私より僅かに低かった。でも、今は頭半分高い。近い位置にいるから、尚更気になった。

 華奢だった身体つきも、うっすら筋肉を帯びている。たった一年でこんなに変わるものなのだ。


「そうですね。成長期なので、伸びないと困ります。その……月乃さんと並んだときに、格好がつかないといいますか」

「そんな、私のことなんか気にしなくてもいいのに」


 くすくすと笑う。まだ中等部二年生。いくらだって伸びるだろう。

 お世辞でも私を引き合いに出してくれて、少し喜んでしまう。

 その後、本当にお遊び程度の私のラリーに付き合ってくれた。彼はわざわざ私の打ちやすい場所に、緩い球を打ってくれる。

 サービスのコツも聞けて、私はご機嫌で帰途についた。

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