019 コンストラクティブ


『さあ、。あのヘリで向かいます』

『オートジャイロのようだ』

 空母甲板のエレベーターにて搬出された統合多用途艦載ヘリコプター、MHー60R〈シーホーク〉。着々と搭乗の準備が進められている。


『オートジャイロ……? そうか、当時はヘリコプターがまだ活躍していなかったのですね』

 ヘリコプターの実用的なモデルは1937年にドイツで開発されているものの、日本で実用化されたのは戦後の事である。山本が実際に目にするのはこれが初めてだった。


『シーホーク、準備出来ました』

 機体の点検が完了し、担当士官がマクドナルドへ報告を入れる。


「よし、じゃあ高柳さん、留守を頼む」

「承知しました、長官」

 互いに敬礼をし、踵を返した山本を高柳が見送る。


『さあ、足元と頭上にお気を付け下さい』

 ローターの強風と爆音が響き渡る中、山本はマクドナルドと護衛の海軍水兵に促されながら、やや屈むようにしてシーホークへ乗り込んで行く。


「こりゃあ、珍妙な乗り物だねえ……」

 内部では前方向きの3列シートが用意されている。簡易的だが強度はありそうだ。

 右の席に付き添いの水兵が着座し、山本は案内されながら中央の座席に着いた。そのままベルトを締めながら内部をぐるりと見回し、不意にポツリと呟きを漏らす。


『何か仰いましたか?』


「いやいや……」

 爆音によって呟きは掻き消された。山本は顔の前で手を小さく振り、何でも無いという素振りを見せる。


『……こちらをどうぞ』

 水兵が遮音ヘッドセットを山本へ手渡し、ジェスチャーを交えて装着方法を解説して行く。


『おお、こりゃあいいね。よく聞こえるよ』

『ベルトを確認して下さい。揺れますので』

 最後に乗り込んだマクドナルドは左の座席に着き、ベルトで自らの身体を固定しながら山本へ注意事項を説明して行く。


『まもなく離陸しますよ――』

 ローターの回転音が徐々に変化し、揚力によって機体が小刻みに揺れ始めた。やがてサスペンション付きの車輪が甲板を優しく蹴り出すようにして、ふわりとシーホークが離陸する。


『――お、おぉー。なんだか新鮮な気持ちになるね』

 垂直に高度を上げて行くシーホーク。山本は着座したまま、やや興奮気味にキョロキョロと外を眺めた。


『……辺境伯、あちらには三土海将補が乗っているようです』

 右手側に自衛隊艦艇が見える。マクドナルドがグイッと前のめり姿勢になり、山本の正面を遮るようにして右手側の窓の外を指差しで示す。


「ほほう」

 山本も少し前に屈んで右側の窓を眺めた。同時に水兵は視界の邪魔にならないよう、のけぞるようにピンと背筋を伸ばす。


『すまんねありがとう。……あれか』

 あたご型護衛艦〈ようてい〉。ちょうど海上自衛隊のSH-60J〈シーホーク〉が離陸するのが確認出来た。


『しかし、滑走路なしで離着陸できるのは便利だね。これなら空路での輸送も容易に行える……』

 姿勢を戻し、視線を前方にやりながら再び口を開く。ヘリには車両や固定翼機とはまた違った利便性があり、高速かつ大量に物資や人員を移送する事が出来る。山本は様々な活用方法に思いを巡らせて行くのだった。


『ええ、大将殿いえ……コホン、辺境伯。ところで再度確認しますが、方角は合っていますかな?』

 クレタ港から見えていた丘の先に目をやると、そこには巨大な山脈が視界を遮るように広がっている。

 2,000〜2,800メートル級くらいの山が連なっているだろうか、所々で山頂付近は少し冠雪しているようだ。今までも丘越しにチラチラ見えてはいたものの、接近する程にその巨大さを実感出来る。


『ああ、もう少し高度を上げられるのなら、あの山脈を越えると遠目に王都が見える筈だ』

『了解しました』


 陸路で向かう場合は山脈を迂回しながら進まなければならないが、この程度の標高であればシーホークならば上空からの横断が可能だ。


『上昇してくれ』

『了解しました、中将』

 マクドナルドがパイロットへ指示を出し、2機のヘリは高度を上げて山脈を越えて行く。やがて眼下には雄大な景色が広がり、右前方の彼方には確かに都市らしきモノが確認できた。


『フム、山脈を越えても起伏のある地形は続いているようだ。車両ならば確かに2日はかかりそうではありますね』

 車両が通れそうな地形を目で追うと、かなり入り組んだルートを進まなければいけないようだった。


 路面はあまり整備されていないだろう。場合によっては車両より馬のほうが適しているかもしれない。いずれにせよ、陸路での到達は中々に大変な事のように思える。


『まあ、片道40分弱といった所ですかな』

『……早いねぇ』

 直線距離にすると150キロメートル程度だろう。腕を組み、遠目に見える王都を眺めながら淡々と口を開くマクドナルド。山本も右手で顎をつまみながら、同じく王都の方角を眺めている。


『ううむ、我々も観測機くらいは飛ばしておくべきだったな』

 大和にも零式観測機を含めて5機の艦載機を搭載しており、この5年間で何度か運用を考えた事はあった。

 しかし、大和は早々にドックへ収容してしまっており、タグボート無しに出し入れするのはもはや困難。発艦用にドックの屋根を改修する案もあったが、構造上不可能であった。


『確かに、そんな状況では運用するのも難しいですな』

『正直な所、その辺は今後とも諸君に期待したい所なんけだけどね』


『ハハハ、現状は協力しましょう。マッピングは我々としても戦略上重要ですから。言われずとも実施致します』

『そりゃ、心強い』

 上空約3,000メートルで談笑する2人だが、山本は少し不安を抱いている。

 マクドナルドは”現状”と言った。互いに協力し合いたいのは山々だが、現時点で艦隊がクレタ港を拠点とするかは未定という事だ。

 王国が彼らをどう扱うのかが分からない以上、今はそう答えるしか無いのかもしれない。今後の事を思案しつつ、山本は時折黙りながら窓の外を眺め、空の旅を満喫する――。






 ――王都。


「本当にすぐ着いちまったよ」

 王都を囲っている城壁の外側にて、バラバラと爆音を響かせながら2機のシーホークが着陸する。出来れば王宮付近まで寄せたかったが、城壁を境に魔法障壁が王都全体を覆っている為これ以上の進入が出来ないのだ。


「――やあ、山本辺境伯。空の旅は快適でしたかな?」

 ヘリから降り立った三土が山本へ歩み寄りながら声をかける。


「三土さん。……いやはや、乗り心地はあまり良くないが素晴らしいね。想像以上に便利な乗り物だよ、ヘリというモノは――」

『おい貴様ら、何者だ! 見慣れぬ乗り物だ。もしやナール連邦の新兵器か? となれば、やはりクレタ港は陥ちたのか……』

 城壁外に点在する小さな砦より、王都周辺の見張りを管轄する騎士団の小隊が駆け寄って来た。数名の騎士が剣に手をかけながら接近しており、一緒にヘリへ乗ってきた水兵と海上自衛隊員が小銃を構えて警戒にあたる。


『やあやあ、私だよ。覚えていないかね?』

『なにをぅ? んん……んんんん? あ、や? ヤマモト辺境伯ですか?! な、なな何ですか、コレは』

 小銃を構える水兵の肩に手をやり、優しく押しのけるようにして前へ出る山本。すると、これまで険しかった小隊長らしき男の顔つきが一変し、吃驚の表情を浮かべながら口を開く。


『やあ、久しぶりだね。早速だが、国王陛下へ急用だ』

『は……ははっ! もしやナール連邦に動きがあったのですね? 直ちに馬車を手配します。城門内の馬車乗り場まで御同行頂けますか?』

 小隊長の男とは何度か王宮で顔を合わせており、多少は見知った仲である。

 おかげで事情説明に苦慮する事もなく謁見の話は進み、山本・三土・マクドナルドの3名で城門内へ向かう事となった。

 その間ヘリの操縦士と護衛の数名は待機とし、騎士団員達の世話を受けながら山本達の帰りを待つ。




「――これが城門……ですか。広いですね」

 騎士団員に案内されて城門内を歩きながら、ぐるりと周囲を見回す三土達。巨大な門をくぐると、まるで巨大テーマパークの入り口のように広々とした空間が広がっている。


「この門はクレタ港の方角ピッタリに造られているんだよ。いざとなれば騎士団が総勢で駆け抜けられるよう、ここから王宮まで広い街道が一直線に繋がっている」

「王宮まで……。っほぉ〜!」

 山本の解説に唸る三土。門の向こうではいくつかの馬車が路肩に停めてあるのが見え、王宮と城門の行き来を管轄する部署があるとの事だ。

 さらに先には整備された大きな街道が続いており、元の世界で言えば6車線道路くらいの幅がある。


「しかし、逆に言えば王宮まで筒抜けでは? 防衛上賢い構造とは思えませんが」

 三土は疑問を浮かべる。城門さえ突破されてしまえば王都まで遮るモノが何も無いという事。防衛上の欠陥とも思える構造ではないかと。


「……ふふ、その通りだ。魔法障壁が突破されればの話だがね。実質はそれが最後の関門といった所だが、簡単に破る事は出来ん」

 城壁から王都を覆う魔法障壁。とりわけ、この門には何層もの強固な障壁を生む装置が設置されている。

 発動時の防御力は相当なモノだ。巨大な攻城兵器の集中攻撃を喰らったとしても、王宮から騎士団が駆けつける時間程度は余裕で耐えられるようになっている。


『……申し訳ない。英語で話してもらえませんか?』

 少し不機嫌そうに口を開くマクドナルド。三土と山本の会話を聞き流しながら歩いていたが、やはり日本語は苦手な為少し居心地が悪かった。


『おぉ、失礼しました』

『戻ったら、暇そうな将校に日本語学校でも開かせるかな』


『おお、それは有難いですな』

 三土が英語で仕切り直し、山本はそれに冗談混じりで便乗する。マクドナルドの返答のタイミングも相まって、おかしくなった3人は声を張り上げて爆笑するのだった。


『『『ウアッハッハ――』』』


『――ヤマモト殿っ』

「おおっ。アンドレウじゃないか」

 馬車乗り場に到着した3人へ駆け寄る大柄な男、アンドレウ。眉毛すらピクリとも動かず、相変わらず鋼のように硬い表情だ。仏頂面な印象が際立っている。


「やあ、どうもご無沙汰しておりました。日本語のほうが良いですかな?」

『いや、やめてくれ』

『承知した』

 山本に合わせて日本語で話始めるアンドレウだが、間髪入れずにマクドナルドが怖い表情で拒否をした。そのまま両者は鉄仮面のように無表情ながら淡々と視線を重ねる……。


『貴殿方はヤマモト辺境伯のお連れという事なのですね。申し遅れた、私はニコラウス・アンドレウ。王国近衛騎士団長を賜っている』

 ピンと背筋を張り、右手を胸に当てて名乗るアンドレウ。まさに騎士道の塊のような立ち振る舞いだ。見るからに冗談の通じなさそうな相手であり、三土達は若干緊張の表情を浮かべる。


『私はケビン・マクドナルド、中将だ。よろしく』

『どうも、私は三土慎一郎、海将補です。中将に次いで担当官をやっております』

 マクドナルドと三土も英語で自己紹介を返し、目の前の大男を見つめた。


 ――日本語も上手いもんだったな。

 三土は少し感心している。このアンドレウという男は英語・日本語ともに堪能なようだった。

 山本が言っていた”クリスタル”の恩恵によるものだろうか。日本語に至っては発音もネイティブ級であるし、通常の手段で習得したとは考えにくい。まさに魔法の所業と言えるだろう。


『アンドレウ、君は何故ここに居たのかな?』

 その言葉を聞いた瞬間、マクドナルドと三土は少しばかりポカンとした表情となった。山本がミュケシア語でアンドレウに話しかけたからだ。

 密談でもするのだろうか? 突如として聴き慣れない言語を発する山本に不安を感じた2人。徐々に表情が険しくなり、警戒色を強めて行く。


『フム、ヤマモト殿。何か聞かれるとマズい事でもやらかしましたかな? 私は潔白なので英語を使いますぞ』

『ハッハッハ、すまんね。久々なもんでつい嬉しくなっちまったんだ』

 怖い顔に似合わず、ややひょうきんなトーンを交えて敢えて英語で返答するアンドレウ。若干緊張気味だったマクドナルドと三土を和ませる為、山本が茶目っ気を出して来たのが判ったからだ。


『――なんだよ、まったく……』

 2人の表情からは険しさが消え、ため息混じりにきょとんとした様子で互いを見つめ合う。アンドレウのファインプレー並みのアシストにより、無事に緊張の糸は解けたようであった。


『ははは、なかなか冗談の通じる相手なんですね』

『……フウム、しかしあまり面白いやり方では無いがね』

 ホッと胸を撫で下ろす三土に対し、マクドナルドはやや不機嫌そうな表情で俯きながら言い捨てた。


『んで、アンドレウは何故ここに居るのかね?』

 場が和やかなムードに包まれた所で、山本が再びアンドレウに尋ねた。


『ふむ。あれから5年が経ち、クレタ港方面への警戒を強めていた所だった。ちょうど昨日から、騎士団は正式に王宮およびこの南門へ常駐するようになったのですよ。あまりにもタイミングが良くて驚きましたぞ』

『なるほどね。これもヘルメスの計算づくなのかね……』

『――ヘルメス? グリスの地に伝わる神の名ですな。何か関係でも?』


『いや、後で全部話すよ。王宮まで送ってくれ』

『――よろしいでしょう、王宮へお送りしよう。ささ、お乗り頂くと良い』

 辺境伯として積もる話もあり、単なる井戸端会議で済ませたくは無い。山本は早々と馬車を催促し、それに応えるようにしてアンドレウが馬車を手配する。


「ほお、上品な馬車だ」

『……フム』

 子綺麗な4人乗りの馬車へ乗り込む面々。中央には小さなテーブルがあり、それを挟んで2人ずつ向かい合うように座る。


『よろしければお召し上がりください。良い小麦を使っていますよ』

 御者の1人が焼き菓子入りの小さな籠を持ってきた。そのまま馬車内中央のテーブルへ置き、一礼をして御者席へ戻って行く。


『おお、ありがとう。頂くとしよう』


『辺境伯、彼は何と?』

『新作の高級菓子だとよ。うんうん、砂糖の生産は良好なようだな』

 5年前、辺境伯となった山本が真っ先に抱いた悩みは食生活の変化だった。

 ダナエ王国の食事はまさに中世ヨーロッパそのもの。パンやポリッジなどの穀物食を主体とし、野菜や魚、肉で栄養を補う……。

 特段、口に合わないという訳では無かったものの、毎度の夕食を楽しめる程に味気のある食事は多くは無かったのだ。


 それに、何よりも甘味が少ないのが山本にとってはかなりの苦痛であった。


 上陸当初より、流石に食材は現地調達で賄うしか無いという事くらい解ってはいたつもりだ。

 しかしながら、どうにかしてこの中世のような世界の質素な食生活を改善したいと思案していたのも事実。


 大和が積んでいたサトウキビより種子を取り出し、栽培が出来ないかとも思っていたが、冬は氷点下にもなるダナエ王国では適さなかった。


 日々あれこれと思案していた山本だが、ついに転機が訪れる。

 ある日、どうにも見覚えのある葉野菜がおひたしに使われている事に気が付いたのだ。






 ――






「これは……ほうれん草? いや、もしかしてテンサイじゃないか?」

「おぉ、長官んん……うおっほん、辺境伯、よくご存知で。仰る通りテンサイかと思われます。今朝方、王都よりやって来た行商から仕入れたモノですが、彼はコレを”ピクリオス”と呼んでおりました。本来は食用に向かない為、毎度廃棄対象になっている作物だとの事です」

 いつものように邸宅で食事を摂る山本達。仕入れと調理を担当した料理長が顛末を話して行く。


「なんで、そんなモノを栽培しているんだ?」

「おそらく、テンサイ特有のナトリウム吸収能力を利用しているのだと」


「ほう?」

 難しい話になってきた。山本は少し呆気に取られたような表情で聞き返す。


「塩害を受けた土壌の改善効果が見込めます」

「なるほど」


 海洋国家であるダナエ王国は塩害の影響を受けやすい。そこで、除塩作物としてピクリオスが広く栽培されているとの事だ。

 同じ理由から一部では綿花も栽培されているが、やや寒冷な気候のダナエ王国では育ちにくい。対してピクリオスならば耐寒性もあり、綿花と比べて圧倒的に栽培しやすいというメリットがあった。


 しかしピクリオスは綿花のような工業的価値が無く、土臭さと強いアクのせいで食用としても適さない。

 葉の部分は根気よくアク抜きすれば食用も可能だが、調理の過程で多くの栄養価が失われる為需要は低かった。

 結局のところあまり値が付かないので、栽培後はそのまま廃棄される事がほとんどだという。


 休耕地をローテーションさせるようにして毎年大量に生産されるが、毎度各地の農家はその処分に頭を悩ませていたのである。


 そんな農家の現状を把握していた行商は、山本達ならば何か良い活用法を見出すかもしれないと考えた。そして今日「二束三文でも良いから」と、渋い顔を交えて引き取り交渉に出向いてきたとの事らしい。


「ふむ。役に立ちそうならば一度受け入れてみるのも良いよな」

「はい、そう仰るかと思い、既に発注しています。2週間程で到着するかと」

 行商は「これで農家救済の光明が差した」と大喜びだったそうだ。ひょっとすると大変な価値のあるモノを今まで捨てていたかもしれないのだが、喜んでくれるならばそれはそれで良いだろう。


「甘味は絶やしたくないからな……」

 甘党の山本にとっても朗報であった。ピクリオスは、北海道でよく生産されていた砂糖大根〈テンサイ甜菜〉によく似ている。つまり、うまく加工すれば砂糖を生産出来る可能性があるという事だ。

 多くの国や地域の文明水準が中世レベルであるこの世界において、砂糖は極めて貴重な品の1つ。

 もし、安定生産が可能となれば一大産業へと発展する可能性もあるだろう。


「砂糖の造り方は分かってるのかい?」

「ふふ、うちの調理員に詳しい者が居ります。なんでも、実家が北海道で砂糖大根の農家をやっていたとの事でして」

「っほお! そりゃあ頼もしいね。よろしく頼むよ」

 料理長の回答を聞いた山本は破顔し、その後暫く浮かれた笑顔を隠せないで居たらしい。


「かしこまりました――」




 以後、クレタ地方は王国中で生産されるピクリオスの無制限受け入れを正式に決定。二束三文どころか手厚い財政補助も受けられるようになり、潤沢な資金力を活かして独自のテンサイ糖工場を建設することに成功した。

 やがてショ糖の抽出技術も向上し、今ではグラニュー糖に近い純度の白砂糖を生産可能な迄に至っている。


 さらに、山本達は惜しみなく王国へ技術を供与した。王都近郊にも工場が建設され、砂糖はダナエ王国内において手軽に入手できる調味料の1つとなったのだ。今後他国との貿易ルートが開拓されれば、外交的にも大きな交渉材料となり得るだろう。






 ――






『――すごい執念ですな』

『ふふ、執念は大事だよ。何事も成し遂げる原動力になる』

 やや苦笑い気味に受け応える三土。そんなやりとりを尻目に、マクドナルドは焼き菓子を頬張り舌鼓を打つ。


『ウム、美味い――』




 程なくして一行は王宮へ到着。馬車から降り、アンドレウに引率され王宮内へ入って行く。


『騎士団長、お待ちしておりました。国王陛下からの伝言です――』

『――ウム。承知した』

 近衛兵より伝言を聞き入れるアンドレウ。


『今回は急ぎの用である故、玉座ではなく応接間にて国王陛下にお待ち頂いている。大きなテーブルがあるので、お手持ちの資料も広げやすいだろう』

 伝令によって事前に話が伝わっており、国王ペルセウスは既に応接間で待機中との事だ。一行はアンドレウに案内されるがまま、応接間へと入室する。




『――ようこそ、王宮へおいで下さいました。私はペルセウス1世。ダナエ王国の現国王です。どうぞおかけください』

 豪華な衣服を纏う、赤毛で華奢な顔立ちの青年、ペルセウス。あまりの若さに面食らいつつ、マクドナルドと三土はほんの少し緊張の表情を浮かべながら指示されたソファへ向かう。


『やあ、ペルセウス王。お久しぶりです。彼らにミュケシア語は通じないので、私が通訳しましょうか』

 5年前と変わって、ペルセウスへ対するぞんざいな言葉遣いは無い。大貴族らしく丁寧なミュケシア語で口を開き、山本は自ら通訳を名乗り出る。


 同時に、マクドナルドはため息混じりに腕を組んだ。


『ふうむ。今後の戦略を踏まえると、ミュケシア語の習得を優先事項にすべきかもしれん』

『確かに。現状だと不便かもしれませんな』

 互いに協力体制を築く以上、円滑な情報のやり取りは必須事項だ。言葉の壁は早急に乗り越えておくべき事案の1つだろう。


『おや……ふうむ。彼らは英語ですね。ニコラウスに教わりましたが、やっぱり難しい』

 そう言うと、ペルセウスはおもむろに袖からクリスタルを取り出し、左手の親指と人差し指でつまみながら胸の高さ程まで持ち上げた。


『国王陛下、私は賛成です』

『ありがとう、ニコラウス』

 目を閉じながら、一歩引いて軽くお辞儀をしているアンドレウ。これからペルセウスが何をするかを察している。


『そうだね、それが手っ取り早い』

 山本もその場でクリスタルを直視したまま、賛同の姿勢を示す。5年前に見た光景だ。


『じゃあ、いきますよ』

 中空へ放たれるクリスタル。浮遊しながらクルクルと回転し始めた。見る見るうちに凄まじい回転速度に達し、そのまま弾け飛ぶ。


「やあ、どうです? 私の言葉が解るでしょう?」

「――お、おお?! ミュケシア語なのかっ? 何故だか理解できるぞ」

 突如として理解できる言語を話し始めるペルセウス。マクドナルドと三土は目を丸くし、邸宅で山本が語っていた話を思い出しながらペルセウスを見つめた。


「……な、なるほど。はっはは、中将が日本語を喋っている」

「なにおう? 三土海将補だって、英語の発音が上達しているようだな」

 お互いに話しているのは母国語だ。つまり三土は日本語、マクドナルドは英語を発しているのだが、互いにそれを認識出来ていない。


「はっはっは。お互いの言語が一瞬でネイティブになりましたからね。直後は混乱して、どれも母国語のように思えているだけです。使い分けられるには小一時間かかるでしょうね……さっ、お掛けください」

 軽やかな笑顔を浮かべ、流暢な日本語で解説を加えるペルセウス。ひと呼吸おいて、再びソファへの着席を促した。




「――失礼しました。どの言語でも通じるならば、慣れずともこのまま話させて頂きます。早速ですがナール連邦の新型鑑について、対策の協議を願いたい」

 釣られて無自覚のまま日本語で話を切り出したマクドナルド。持参した鞄からタブレット端末を取り出し、画像を交えて資料を提示し始める。

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