019 敵情視察


「これがナールの新型艦ですか」

「……思っていたよりも寸胴な船体だ。やはり商船か? いや、違うかもね」

 偵察任務中のスーパーホーネットより送られてきた画像。主砲らしきモノが船体のほぼ中央に位置しており、歪ではあるが軍艦の特徴を備えているようだ。


『――では、私は艦橋へ戻りますね。失礼します』

『おお、ありがとう。あなたのおかげで有意義な時間を過ごせた』

 山本、高柳と順番に握手を交わし、ノラン大佐は一歩身を引いて軽くお辞儀をする。


『またお話しできますかな、ノラン大佐』

『ええ、今度は酒でも飲みながら語らいましょう』

 高柳の声にも快く会釈を返し、ノラン大佐は群司令部指揮所を後にした。


『――高度33,000約10,000mフィートで撮影しています。目視での確認は困難。連中がレーダーのような装置を用いない限り、発見される心配はほぼ無いでしょう』

 画像を示しながら偵察の概要を話すマクドナルド。スーパーホーネットによる偵察航空隊は、ナール連邦艦隊の上空周辺を大きく回り込むようにして旋回中だ。現在は艦隊の後方より、分割偵察ポッドによる赤外線画像撮影を進めている。


『ふむ、連装砲のようだが……ううん、ちょうど艦橋に隠れてしまっている。もう少し詳細に確認したい所だが――』

『承知しました』

 写真自体は鮮明ではあるが、遠目で3隻を捉えている為兵装の様子までは解りにくい。山本が率直な感想を述べたところ、おもむろにマクドナルドが無線機へ手を伸ばす。


『――ヘイロー1、正面からの画像が欲しい。どれか1隻をフォーカスできるか?』

『うん……中将、何を――』


<<こちらヘイロー1。了解、艦隊の前方から撮影します>>

 返答しているのは、スーパーホーネットに搭乗している兵装システム士官だ。


「はあ……。素晴らしい通信技術ですな」

 遠く離れた場所から次々と送られて来る画像はどれも鮮明であるし、時間差をほとんど感じさせないやりとりは感動すら覚える。


「ああ、これだけの情報収集能力があれば、大東亜戦争の戦況だって思うがままだろう」


 原子力艦やジェット機も素晴らしかったが、とりわけ通信技術の発展が著しい。暗闇、長距離……どのような状況であれ一瞬で敵を丸裸にしてしまう諜報能力。こんなモノを相手にしてしまったら最後、相当の苦労を強いられるのは明白だろう。

 山本は考え込むように腕を組みながら目を閉じ、首を傾げてからゆっくりと目を開く。


「高柳さん。やはり、このは絶対に敵に回してはいかんよ」

「……左様ですな」

 この1艦隊だけで、自分達が知り得るどんな列強諸国をも制圧可能な戦闘力を有しているように思えた。

 そんな連中を敵に回すくらいならば、沈みかけた大和を無理矢理引っ張り出して、単艦でナール連邦の全艦隊とやりあったほうが大分マシである。


『大将殿、これで如何ですかな?』

『うん? お、おお、素晴らしいね。……フム、2連装砲か。大和の46ンチ砲よりも大きそうだな』

 新たに送られてきた画像を示すマクドナルド。

 中央の1隻をクローズアップした詳細な画像だ。


『――船体は全長約311メートル。主砲と思われる筒は……画像から推測しますと内径23インチ程ありそうです』

 モニターを眺める3人の右後方より、ドスの効いた男の声が聞こえて来る。


『おお、ステッドマン准将、待ちかねたよ』

『はっはは、お待たせして申し訳ありません、マクドナルド中将』

 サングラスをかけたガタイのよい男、ステッドマン准将。190センチはあるだろう。近くに居るだけで威圧感を感じる大柄な男だ。


『こちらの方が日本の大将殿ですね……初めまして、私はカルロス・ステッドマン准将。アメリカ合衆国海軍第3艦隊、空母打撃群司令官を努めております。サングラスはご容赦下さい、軽度の白内障でして』

 ステッドマン准将は先の邸宅での会議に参加しておらず、ホークアイおよびスーパーホーネットから収集した情報分析の指揮に当たっていた。

 山本達とはこれが初対面である。


『初めまして、ステッドマン准将。私は山本五十六だ』

『私は大日本帝国海軍少将、高柳義八と申します』

 挨拶と共にガッシリと握手を交わす山本と高柳。続いてステッドマンは少し前屈みになり、両掌を合わせて日本式のお辞儀をした。


『おお、これはこれはご丁寧に……』

 高柳も同様のお辞儀を返し、場は和やかな雰囲気に包まれる――。


{――こちら〈ようてい〉司令公室。群司令部指揮所、聞こえているか?}

 海上自衛隊からの連絡が入る。声の主は、あたご型護衛艦〈ようてい〉に座乗している三土海将補だ。


『こちら群司令部指揮所。良好だ』


{おぉ、その声はマクドナルド中将ですね。画像を確認しました。やはり軍艦のようですな}

 三土もデータストレージによってリアルタイムで画像を確認しており、無線通話にて件の巨艦への対応方針を協議して行く。


「しかし、23インチ……58ンチ級の砲という事ですか……」

 高柳が呟く。23インチ――約58センチ。放たれる砲弾は相当な破壊力をもたらすはずだ。例え大和が万全な状態であっても、直撃すれば無事では済まないだろう。


『しかし、2連装砲塔を1基しか積んでいないのだね』

『ええ、全く以って不恰好な艦です』

 寸胴で動きの遅そうなナール連邦の新型艦。特異な形状に、マクドナルドとステッドマンも少し気になってはいた。


『完全に、対大和を想定した造りでしょう。3隻で合計3砲塔。よほど急いで開発したのが目に浮かびますな』

 5年前、大和は圧倒的な強さを以って海戦を制した。

 そんな光景を目の当たりにしたナール連邦が戦艦を欲しがるのは必至。からがら生き延びた乗組員達から情報を集め、それを基に開発を進めたのだろうと高柳は推測する。


{ふうむ、とはいえ、ここまで巨大な砲にしなくても良いと思うのだがね}

『……凄まじい重量になりそうだ』

 23インチ砲というのは前代未聞の巨大さだ。そんなモノを扱えるのかという疑問さえ浮かんで来る。


『それ故の巨艦という事だろうな。大和を討つ為、より大きな砲を搭載しようと試行錯誤したのだろう。砲門は少ないが、戦艦と呼んでも差し支えなさそうだ』

 戦艦とは、謂わば砲塔を運ぶための器でもある。

 大和型戦艦を例に挙げると、搭載されている46センチ3連装砲塔は1基で2,500トン超。弾薬も合わせれば優に3,000トンを超え、これは当時の駆逐艦1隻よりも重い。

 そんな重たいモノを3基も搭載するというのは並大抵の話ではなく、設計に当たった技師達を大いに悩ませていたという逸話もある程だ。


「なるほどね、知識が無いとこんな不恰好な船になっちまうという訳か――ふふっ」

「うん? 長官、どうしたんです?」

 突如としてほくそ笑む山本へ、高柳がきょとんとした様子で声をかける。


「いやね……」

 兼ねてより、山本は一貫して大艦巨砲主義に反対的な立場を取っていた。かわりに航空戦力増強の必要性を繰り返し訴え続けていたのも有名な話である。

 そしてある日、大和の建造計画を聞き付けた山本は、大和の設計に携わっていたとある造船大佐のもとへ赴いた事があった。


「――その造船大佐は福田という男だった。彼らなりに一生懸命やっていたんだろうが、どうも水を差すような事を言ってしまったんだよ」

 当時、少将だった山本。唐突に造船大佐である福田のもとを訪れ、彼の肩に手を置きながら「君たちは一生建命やっているが、いずれ近いうちに失職するぜ。これからは海軍も空が大事で、大艦巨砲はいらなくなるんだから――」と、わざわざ声をかけた事があったのだ。


「……」

 とはいえ、このナールの新型船を見た今はほんの少しばかり考えを改めざるを得ない。単に大きいだけの船ならば誰にでも造れるのだと。


「やはりね、我が国の技術は誇れるモノがあったんだ。何だかんだでこうやって生き長らえている。今となっちゃあ彼らに悪い事をしてしまったね」


 大和の主砲3基で合計1万トン超。そんなモノを載せたうえで艦の規模を全長263メートル・基準排水量64,000トンに抑えられたのは、当時の日本の技術水準の高さ故だったとも言えよう。

 太平洋戦争全体を俯瞰してみれば、確かに大和は戦略上において無用の長物であったかもしれない。しかし、戦艦としての完成度は間違いなく史上最高と言って良いだろう。


「……なるほど、そんな事がありましたか。ハッハハ、そりゃあ、かえって福田さんの闘争心を焚き付けたのかもしれませんな。ともあれ、大和は立派な艦です。よくぞ完成させたと褒め称えてやりたい。堂々と誇りましょう――」




<<――軍司令部指揮所、こちらヘイロー1。対象から砲撃を受けている模様。……どうやら眼は良いようです>>


『何だとう?』

『まさか見えているのか?』


 ヘイロー1からの報告。件の戦艦は偵察航空隊へ向けて砲撃を繰り返している様子だとの事だ。


<<画像を送ります>>


『――ほお、これは』

『確かに、砲筒はこちらを向いていますね』

 ヘイロー1の報告通り、ナールの戦艦が繰り返し砲撃を行なっている様子が見て取れる。

 到底命中させられる精度とは思えないものの、明らかな敵対行動に対しては何らかの対処が必要だ。場合によっては排除行動も選択肢となり得る。


『しかし、何だこの砲弾は。まるで岩じゃないか』

『……砲弾と呼べるのかも怪しいですね』


 飛翔する砲弾を撮らえた画像。赤外線撮影であるため色はよく判らないが、砲弾とは言い難いほど歪な形をしている。


『――准将、これを』

 戦術担当の水兵が弾道の分析結果を記したメモ紙をステッドマンへ手渡す。


『むう? 射出後の速度低下が非常に緩やかなようだ』

 メモ紙に羅列された数値を見ると、砲弾はあまり空気抵抗の影響を受けずに飛翔しているというのが解る。


『ふむ、これはやたらと空気抵抗に強い……』

『……かなりの質量弾という事でしょう。しかしながら、タングステンでもこうはならないかと』

 マクドナルドも隣に立ってメモ紙を見つめる。大きさの割に随分と質量のある砲弾のようだが、タングステンや劣化ウランよりも高密度な物質でないとこの結果にはならない。


『未知の物質か。興味深いな……』

『それにしても、随分と撃ってきますね』


 間髪入れずに砲弾を連射する様子からは、ある種の必死さすら感じられる。


『おや、炸裂した……?』

『いや、炸裂というよりは分裂だな。僅か数個の欠片に分かれただけだ』

 砲弾はある程度の高度に達すると分裂するようだ。散弾のように命中範囲は広がるだろうが、高速で旋回する偵察飛行隊には中々狙いが定まらない。被弾のリスクはほぼゼロだと言っても良いだろう。


『当たる事は無いだろうが、目障りだな。……ヘイロー2、威嚇射撃で少し黙らせられないか――』

『いいえ、サー。近付くのは流石に危険です。見せしめに1隻撃沈してしまいましょう。敵意は明らかです』

 マクドナルドが敵艦への警告射撃を指示しようとするが、ステッドマンは早々に撃沈すべきだと提言する。


『フム、准将。後戻りは出来なくなるのだが?』

『イエス、サー。既に我々は帰る場所が無い。我々との力の差を見せつけ、抑止力を得るのが最良かと』

 現状はクレタ港を守る事が最重要である。放っておいてもナール連邦艦隊が北上して来るのならば、早めに手を打っておいたほうが良いかもしれない。どうせ話の通じる相手でも無いだろう。


『……わかった。ヘイロー2、一応だが国際VHFおよびガードチャンネル緊急周波数で警告しろ。反応が無い事を確認してハープーンを使うんだ』

<<こちらヘイロー2。了解、VHFおよびガードチャンネルにて無線警告を実施します――>>


<<……I am U.S. military aircraft. I am U.S. military aircraft……航行中の艦艇へ告ぐ。航行中の艦艇へ告ぐ。ここは貴方達の領海では無いと認識している。直ちに射撃を中止し、進路を変更せよ>>


<<……I am U.S. military aircraft. I am U.S. military aircraft――>>

<<……I am U.S. military aircraft. I am U.S. military aircraft――>>


 軍隊は規律遵守が鉄則だ。まずは形式上だけでも国際法を遵守した行動を取って行く。

 相手は電波による通信手段を持たないだろうが、これは法に則り粛々と対処するという大義名分を得る為の警告行動となる。


『やはり、応答は無いな』

<<警告に対する応答無し。敵対行動を取り続けている事を確認。右舷の1隻へ攻撃を実施します>>

 単座のスーパーホーネット、ヘイロー2が編隊より離脱。砲撃を繰り返しているナール連邦の戦艦へ向けて機首を下げ、攻撃行動へと移った。


<<――目標補足、ハープーン投下……!>>

 ヘイロー2から射出された対艦ミサイル〈ハープーン〉。慣性誘導により数十秒間飛翔した後、アクティブレーダーホーミングにて精密に敵艦を捉える。

 弾頭は難なく着弾し、激しい爆炎と衝撃波が砲塔もろとも戦艦の外殻を吹き飛ばした。大破したナールの戦艦はほぼ全ての機能を失い、程なくして航行不能となる。


「……為す術も無しか」

「凄まじい威力だ」

 たった1発の対艦攻撃。それが大和よりも大きな船を大破させた。送られてくる画像を見ながら、山本と高柳は思わず息を呑む。


{……脆いな}

『ええ、かなり重厚な造りに見えましたし、せいぜい中破程度かと思いました。まさか一撃で航行不能になるとは』

 三土とステッドマンもやや拍子抜けの様子で口を開いた。ターゲット撃沈まで至ってはいないものの、いつ沈んでもおかしくない程の大破……。


『ふうむ、やはり重量問題を克服出来ていないんだ。薄い装甲で軽量化を図ったか。いやいやそれにしても……』

 煙を上げ、破損箇所から不気味な輝きを放って停船するナールの戦艦。確かに想像よりは脆いように見えたが、ハープーンという兵器の脅威的な命中精度と破壊力には驚かざるを得ない山本であった。


『――よし、連中の戦力について基本的なサンプルも取れた。監視室、帰投命令を出してくれ』

{こちらエアボス……了解。全機帰投せよ}

 空母の最上階へ位置する監視室にて、航空機運用の責任者であるエアボスが帰投命令を下す。


<<ヘイロー1、了解。全機、帰投します>>

<<――うん? まだ撃ってくるな>>


『……なんだと?』


 偵察航空隊が〈アーノルド・モーガン〉へ向けて帰投を開始するも、ナール連邦艦隊は尚も追いかけるように砲撃を繰り返している。

 ハープーンによる攻撃は抑止力をあまり得られていないようだった。


『何を考えているんだ? 連中は』

『ええ、中将。なんだか連中は躍起になっているような感じもしますね――』






『――お、おお!? 去って行く……』

『ふ、ふうむ。とんだ邪魔が入ってしまったが……なるほど。こ……ここ、この”ハダーフ”はをも撃退できるという訳だ、だな?』

 ナール連邦が威信をかけて建造した巨大戦艦〈ハダーフ〉。その艦橋にて、部下達と共に血の気の引いた表情で話し合う2人の男が居た。


『――さ、とも……魔導眼界を離脱しました』

 観測士が羅針盤上に浮遊する水晶を眺めながら報告する。その声を皮切りにしたように、2人の男は崩れるようにその場へ座り込んだ。


『い、忌々しい古代竜どもめ! くそう! 撃て! もっと撃て!』

『お、落ち着きましょう。提督!』


『……はあ、完全に想定外であった。我々が相手にするべきは”ダナエの戦艦”だというのに』

 5年前、突如としてダナエ王国近海に現れた巨大戦艦。圧倒的な砲撃力と防御力を備え、カロネイディア帝国の海軍さえも容易く壊滅させてしまっていた。

 自分達の艦隊も悪夢の如き大損害ではあったが、何故だか他国で同様の被害が出たという報告は無い。

 連中はそのままダナエ王国を根城にしているというのが連邦の見解だ。今頃は王国内での掠奪も横行しているのだろう。


『純粋な艦隊戦ならば、我が艦が負ける事は無いのだ……』

 砲撃戦特化を掲げて建造された重戦艦〈ハダーフ〉。

 僅か2門の砲ではあるものの、魔鉱石と特殊な術式を組み込んだ新型砲弾を搭載している。

 敵艦へ向けて弾道修正する能力があり、これは1,000門の大砲よりも遥かに有用な攻撃手段となるのだ。

 艦船程度の移動速度ならば射程ギリギリの超遠距離砲撃だって命中させる事など造作も無い。


『船ならば撃てば当たるのだ。ダナエの戦艦さえ撃滅出来ればもはや脅威は無い。ダナエ王国を手に入れ、メソス海の覇権は我が連邦が握るべきである。しかし、やはりハダーフを1隻大破させてしまったのは不味い……』

『その事ですが、2番艦はまだ完全には沈んでいませんし、回収して出直すのは如何でしょう?』

 側近の魔導学者が提言する。本来、水に浮くはずのない重量物がまだ海面に残っているのだ。つまり魔導回路はまだ生きており、修理すれば再出撃も可能となるだろう。


『ばっ馬鹿を言うなよサダム? 例えエンシェントドラゴンの奇襲に遭ったとも、何の戦果も得られないまま貴重なハダーフを1隻大破させて引き返したらどうなるか……よもや知らぬとは言うまいな? サダムよ! 首長がお赦しになるとでも思っておるのか……?』

『もっ申し訳ありません、マジード提督。し、しかし、ハダーフに積み込んだ魔鉱石はあまりにも莫大……。アレを沈めてしまっては、それこそ大損害です』


 首長――。


 ナール連邦は8つの国家および首長国から構成されている。その元首たる人物が、アル・エブラ首長国を率いるディヤーブ4世。古くに神の加護を得たとされる強大な王族の末裔である。

 彼は他国に異を唱えさせない強権姿勢で周辺国家を取り込み、連邦とは名ばかりの強大な独裁国家を作り上げた。

 極めて優秀な政治手腕を持った人物であり、現在も己が信念のもと勢力拡大に注力し続けている。


『れ、連邦全土の鉱山を掘り起こし、採掘されたほぼ全ての魔鉱石を凝縮してようやく3隻分完成した魔導回路です。その価値は計り知れず……正直申し上げて、ダナエ王国のような小国など比較すれば無価値に等しいかと』


『サダム……。っそんな事は重々承知しておるわ! 首長はな、このハダーフの圧倒的な戦闘能力で世界中の覇権を握るおつもりなのだ。その第一歩としてダナエ王国の征服を計画されたのだ! っこ、こんな所でつまづくなど論外も甚だしいではないか……!』

 論理的に見解を述べるサダムに、マジードが語気を荒げて反論する。何よりも首長の面子を汚さぬが第一。このまま帰還する訳には行かない。


 ……ダナエ王国には、あの戦艦を収容できる造船所があるはず――。


『ダナエ王国を征服した後で大破したハダーフを曳航し、奪った港と大勢の捕虜、そして優秀な技術者を投入して修理をすれば穏便に済ませられる……』


『か、かなり難しい計画でございます。仮に征服できたとて、設備の種類や資源の問題もあるでしょう』

『分かっておる。分かっておるわ……他に良い案があれば言うがよい。くそうっ』


 ――あの、忌々しい古代竜さえ現れなければ……!






 ――






『――フフフ、何度観ても崇高な船だ。そう思うだろう? サダムよ』

『ええ、マジード提督。我がナール連邦の総力の結晶でございますね』

 ダナエ王国を襲撃する為、満を持してナール連邦を出発した船団。メソス海をゆっくりと北上し、その後方へ追従する巨大戦艦〈ハダーフ〉にて恍惚とした表情で語り合うマジードとサダム。


『しかし、風を利用した航海はこうも不便なモノであったか』

『ははは、そう言ってしまっては先人の船大工達が可哀想ではありませんか。私が発明した魔導回路が優秀なのです。ぬふふ、3年は無補給で航行できますぞ』

 前方をジグザグに航海する船団を見て呟くマジード。実に滑稽な姿だ。風の吹く方向に文字通り左右され、行きたい方角へ真っ直ぐ進めない。

 改めて、ハダーフに実装された魔導推進機関の素晴らしさを実感するのだった。


『ウム! サダム、貴様は本当に素晴らしい魔導学者だな。帰国後は大臣になれるかもしれんぞ。推薦しておこう』

『有難きお言葉――』


『――っ? サダム様、これは?』

 羅針盤上に浮遊する魔水晶を眺める観測士。やや動揺した様子でサダムに声をかける。


『っ何ですか。このハダーフに乗っていて慌てる程の脅威など無いでしょうに……むう?』

 魔水晶を眺めると、整列しながら移動する3点の光が確認できた。


『後ろから……? この3点は船では無いな。……そ、空か?』

 魔水晶は、自艦と対象の位置関係を忠実に縮小表示する”魔導眼界”を映し出す装置だ。3点の光は異様な程の高高度を示しており、この場にいる全員の頭を悩ませる事となった。


『それに何ですか……この移動速度は』

 サダムは我が目を疑う。この世で最も疾く飛べると言われているグリフォンやワイバーンなどの上位魔獣でも、ここまで高速で飛翔することは不可能だからだ。


『ううん、どれだけ高度な魔導技術でも、あんな所を飛べるモノを発明したという話は聞いた事が無い』

『まさか、もっと上位の存在……』

 皆、再び首を傾げる。現存する魔導技術はその場での浮遊すら難しい水準であり、人造の航空機など実現できたという話は聞いた事が無い。目の前で起きている現象は、現代人智を超えた高度な存在でもない限り説明が付かないのである。


『ううん……いや、もしや』

『うん、お前心当たりがあるのか? 言ってみろ』

 観測士の意味深な発言に、マジードが問い質すように返答する。


『は、はい。古代竜には高速で飛翔できた種もいると……祖父が言っていたのを思い出しました』

『古代竜……エンシェントドラゴンか? まさかそんな』

 かつて大陸を支配していた古代竜……。そんなモノが唐突に現れるというのも理解し難い話だ。

 何故このタイミングなのか、何処から来たのかも謎。そもそも現れる理由が無い。


『そ、それにエンシェントドラゴンは気性が荒く、目に入ったモノは手当り次第に焼き尽くすとも……』

『――それは不味いな。ハダーフはともかく、前方の帆船集団が狙われてはひとたまりもないでしょう』


 帆船団も大事な戦力だ。5年前と同水準まで回復させるのに莫大な資材と費用を費やした。

 その大半が今、ここに居るのだ。サダムは冷や汗を流す。


『おいおい、サダムよ。エンシェントドラゴンなどもはや神話の獣であろう。信じるのか?』

『そうですね、提督。俄には信じ難い話です。しかし不審な飛行物体であるのは明白。帆船団が狙われる可能性を排除出来ない以上、我々が直々に追い払うのが良いのではないでしょうか』

 仮に迷信だとしても、得体の知れない連中に耐久力に乏しい帆船団を狙わせる訳には行かない。再び船団を失う事になっては、首長に大目玉を喰らうどころの話では無くなるのだ。


『連中、上を旋回してますね』

『ううむ、捕捉されているようです』


 3人は沈黙しながら魔水晶をじっと眺める。暫くしてマジードが腕を組み、天井を仰ぎながら口を開いた。


『……して、エンシェントドラゴンはどれ程の強さなのか?』

『具体的には分かりませんが、強大な強さを誇ったと……』

『……フム、しかしながら我が艦も強大。おいそれと近づいたら痛い目を見ると教えてやるのも悪くは無いだろう』


 ――やられる前に、やるのだ。

 マジードは交戦を決断する。中々攻撃して来ないという事は、相手もこちらの様子を伺っているという証拠。うっとおしい小バエにいつまでも構っている暇は無いのだ。

 さっさと追い払って、当初の予定通りダナエ王国征服を成し遂げるべきである。


『全艦で先頭の1匹を狙え。強大なアダマンタイト弾の威を示してやるのだ』


 連邦の威信が詰まった新兵器、”アダマンタイト弾”。


 素材として取引されているアダマンタイトは、非常に重く硬い鉱石であり、砲弾として用いれば大きな破壊力を実現できる夢の素材として注目されていた。

 しかし、加工が極めて難しい事もあって開発は難航。結果的に大掛かりな加工は行わず、原石をそのまま寄せ集めて1つの砲弾とする案が採用された。


 だが、全ての要件を満たす為には、膨大な魔鉱石や未知の術式を組み込まなければいけない。

 開発の為にどれだけの費用と時間を掛けただろう……。

 国中の魔道書を読み漁り、ひいては古代遺跡の魔法陣すら掘り起こして研究に没頭した。

 そこには未知の魔法陣も沢山あり、下手をすれば天変地異の引き金となり兼ねない。まさに命懸けの危険な作業だったのだ――。


『ふぁっははぁ! 無知なドラゴンよ、ブレスでも爪でも剥き出すがよい。その時が、アナタの最期です』

 攻撃手段は爪や尾などを用いた近接攻撃、もしくはブレスなどの近距離攻撃だろう。砲撃でおびき寄せれば良い。射程で勝るアダマンタイト弾を浴びせれば、ドラゴンとて葬るのは容易い筈である。


『フフ、興が乗っておるようだな、サダム』

 3隻のハダーフが一斉に砲撃を開始。3隻で次々と砲弾を打ち上げ、の注意を煽って行く。


『ええ……そりゃあもう! ふひひ……濃縮魔鉱を中心に術式を編み込み……ようやく砲弾として形状を維持できるようになりました。少しばかり大き過ぎましたが、破壊力が大幅に増大した……これぞ私の研究の集大成! さあ、古代竜を撃ち落とすのです』

 魔導学者であるサダムは興奮気味だ。ハダーフ建造計画の第一人者として、連邦の魔導技術者達を牽引して来た。その成果が今まさに試される事となるのだ。


『む、ムムウッ! がこちらへ向けて降下を開始したようですぞぉ〜っ』

 魔水晶に映る3点の光が乱れる。砲撃に呼応するようにしてが軌道から外れたのだ。真っ直ぐ高速で接近して来るのが分かる。


『実に……良い! その調子ですよ、愚かなドラゴ――おや?』


 の降下が止む。方角はこちらを向いているが、上空から様子を見ているような飛び方だ。


『奴は何を考えているのだ? もしや怖気付いたか』

『――な、何かを放ったようです。こ、こちらへ向けて落下中の様子』


『何かとは何だ? 飛び道具を持ち運んでいたとでも言うのか?』

『対象、尚もこちらへ向けて落下中……ま、まさかこの距離で当てるのか? 右舷僚艦へ目掛けて突入――』


 その瞬間、凄まじい爆音と船体の揺れが巻き起こる。


『――んな、何だ』

 艦橋から右舷の僚艦を確認するマジード達。その光景に我が目を疑わざるを得なかった。


『ふ、吹き飛んでる……主砲もろとも』

 落ちてきた物体は一体何だったのか――。


『かなり高位階の爆裂魔法を遠距離から投下できる……?』

『そんな、あり得ん。……しかし、この威力。古代竜とはそれ程高位の存在だったのか……』

 大破した2番艦を凝視しながら、互いに憶測をぶつけ合うマジード達。たった1発の攻撃によって連邦の威信が崩れ去ってしまった。


『これは不味い。非常に不味いぞ』

『次は我々かもしれません……っぐぬ』


 再び攻撃を受ける前に、何としても奴らを遠ざけねば――。


『う、撃て。急いで撃て! 奴らを近づけるなぁ……』

『ま、待ちましょう提督。冷静に対策を考えるのです!』

 マジードは錯乱した。自分達が持ち得る最高の戦闘手段はハダーフによる砲撃だ。自分の最大の武器を見せつけ、死の瞬間まで相手を威嚇し続ける――。

 危機に陥った野生動物がよく見せる行動だ。もはや理性など完全に吹き飛んでしまっている。


『うっ煩い! 畜生! ちくしょう! 撃てっ撃て撃てぇー!』

『なんというご乱心……。お、終わった。私の人生も何もかもが終わりだ――』


『――お、おお!? 去って行く……』

 観測士が声を裏返らせながら呟く。


『な、なな何ですって……本当だ』

『ふ、ふうむ。とんだ邪魔が入ってしまったが……なるほど。こ……ここ、このハダーフはエンシェントドラゴンをも撃退できるという訳だ、だな?』






『――偵察航空隊、全機着艦しました』


『ウム。……さて、迎撃すべき相手だという事は分かった。全艦これより無線会議を実施する。これから1週間以内に対応方針決定・編成を行おう――』

『マクドナルド中将、私も良いかな?』


『どうぞ、山本大将殿』

 マクドナルドが無線会議の招集を行おうとした所で、何やら思い耽ったような表情の山本が横槍を入れる。


『一度王宮に相談しても良いかな? 何せ相手はナール連邦だ。今後の外交も考えると、ただ単に撃滅するのは良く無い気もするのでね。諸君の車両なら2日足らずで王都まで到達できると思う』

 ナール連邦は強大な工業力を有しており、今後の貿易相手国を模索する上で良い候補になるだろうと山本は思い至ったのだった。


『ほう、確かに。運良く油田でもあれば燃料補給の道も拓けるかもしれませんな。よろしいでしょう。しかし、片道2日はかかり過ぎです。翌朝にヘリを手配しますので、辺境伯として御同行願います』

『うん、ヘリ……? まあ、分かったよ。よろしく頼む――』

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