第4話 呪いの森の白雪の魔女 巫女と魔女4

 目から鼻からいろいろ出てくるものだなぁと思いつつ、ソフィアはヒトの娘の2度目の自己紹介を聞いた。

 巫女、などと名乗っているが、それらしい能力は見られない。平均的なヒト族の若い雌だ。それでも、危険な武器を持っているのだから、警戒はしておいた方がよいだろう。


「で、何がどうなるんだ。おまえが行かなかったら」


 へたり込んだままのスーリンの前にソフィアが改めて腰を下ろすと、少女は、口を開けて両手を彷徨わせた。小さく、…お洋服…とつぶやくのが聞こえた。それは、まあ、いい。

 世界に異変が起こるとすれば、何か予兆があるはずだ。今のところ、ソフィアたちに心当たりはない。気づいていない何かがあるのなら、ぜひ確認しておきたい。ことによっては先に対処できる可能性もある。


「わかりません」


 スーリンは、まっすぐな目をしてきっぱりと答えた。


「えー……」


 沈黙。


「それ、すごく大事なことじゃないか?」

「ですかね」

「それがわからないと何もできないじゃないか」

「大丈夫です。勇者様が何とかしてくださいます」


 きっぱり言い切った。

 自分たちの命運がかかっているのに、そんな人任せな。


「そいつ、どこにいるんだ?」

「南です。聖剣が導いてくれるはずだって」


 それにしては、森で思いっきり迷っていたような気がするが。

 スーリンを保護したのは、旅人の道から西へ大きく外れ、雪がなくても人間がほとんど立ち入らないようなところだった。当然、いくら歩き続けたところで、南の町になど、たどり着けるわけがない。雪人形に追われるよりずっと前、森に入って間もなく道を見失ってしまったのだろう。こいつ、根本的に旅をしてはいけない種類の人間だ。


「……おまえ、騙されてない?」

「そんな人じゃないです!」


 力一杯否定するが、大丈夫か?この娘。


「すごく立派で優しい人なんです。私、何の取り柄もないのに聖剣の巫女なんかに選ばれてしまって……。それでも、選ばれたんだから、がっかりされないように、がんばらなきゃって思って。でも全然ダメで、へこんでたときに声をかけてくださったんです。それから、いろいろ相談とか聞いてもらってたんですけど、この前すごく深刻な顔をされてたんで、どうしたんですかって聞いたら、聖剣を南の勇者様にお渡ししないと世界が大変なことになるって。だから、私、すぐ行かなくちゃ……って。それが、巫女の使命なんだって気づいたんです」


 力説するスーリンは真剣さは、どこか危うい。信頼している人物とはいえ、たった1人の言葉を根拠に命を失いかねない行動に出るとは、あまりにも無謀がすぎる。きまじめで心優しく素直で善良な小娘。あざむくのにこれ以上無い標的だ。南の勇者とやらも実在するのかどうかあやしいものだ。仮に言葉が真実だったにしても、世界を左右するような使命を無力な少女1人に負わせてどうしようというのだ。ばかじゃないのか。


「他の者には相談しなかったのか?」

「私の言うことなんて、誰も聞いてくださいませんから。ソフィアさまだって疑ってるじゃないですか」

「おまえと私は、さっき出会ったばっかりだ。ほいほい信じる方がどうかしてる」

「……それは、たしかにそうかもです」


 スーリンは憮然ぶぜんとした様子で、立てた膝に顔を埋めた。


 風雪がしのげるところに連れてきたおかげで、死人のように真っ白だった少女の頬に赤い色が戻ってきていた。栄養を摂らせてやればいいのだろうが、ヒトの食い物はよくわからないから後回し。変なものを食わせて死なれても嫌だし。

 ソフィアがスーリンを運んできたのは、道沿いの木造の建物だ。だいたい大人が1日で歩ける距離ごとに建っていて、緑の季節には、大きな荷物を持ったヒト族たちや、多くの里馬が入れ替わり立ち替わり出入りしている。森の中でも、道の周りだけはヒトの領域だから、なるべく近寄らない方がいい。今の時期はヒトも馬もいない。無人の建物は、すっかり雪に埋まってちょっとした小山のようになっていた。ソフィアにとっては積もった雪を取り除くのも、鍵を開けるのも大して難しいことではない。建物の中に残されていたのは照明用の透明な魔法石とわずかな燃料だけだったが、一時的にとどまるだけなら充分だ。


「あ、アメ玉食べます?」


 ふと思いついたように、スーリンはコートのポケットから小さな包みを取り出した。


「いや、いい」


 ヒトの少女の貴重な栄養源。それを奪ってはいけない。


「お別れにってくださいました。元気が出てくる不思議なアメ玉です」


 透き通った砂糖の塊を口に放り込んで少女はニコニコと笑った。

 使命の重さに釣り合わないちっぽけなはなむけだ。

 十中八九、スーリンが嵌められたのは間違いない。

 おおかた剣を巫女に持ち出させ、誰もいない森に追いやって奪い取る算段だっただろう。殺してしまっても死体は春まで見つからない。場所によっては永遠に見つからないかもしれない。

 しかし、誰が?何のために?

 真っ先に思い当たるのは、冬の初めの正体不明の襲撃者。

 同じ魔法がかかった剣を手に入れる目的はなんだろう?懲りずに再襲撃を掛けてくる気か、それとも、こちらの報復に備えて武器を確保したいのか。向こうも大きな損害を被っているから、慎重になるはずだ。

 まあ、「聖剣の巫女」を狙って、向こうの方からやってくるなら好都合。探す手間が省ける。今度はこっちが返り討ちにして、欠片を奪い返してやる。

 別の奴だったとしても、あの嫌な匂いの厄介な剣を狙うような連中は、さっさと潰しておいた方がいい。そうしたら、また湖でのんびりできる。めんどうごとは大嫌いだ。


「あの……ソフィアさまは、本当に魔女なのですか?どうしても、そんな怖い人のように思えなくて。私を助けてくださったのですよね?」

「おまえが勝手にそう呼んでいるだけだ。助けたのも、さっきも言ったが利己的な理由だ」

「同じ剣を持っている方を探していらっしゃるのでしたよね。私にお手伝いができないでしょうか?」

「いらない。おまえ、すぐ死にそうだし」

「ですよねー」


 少女は自嘲するように笑った。

 ヒトはもろい。スーリンなんか、あの雪人形に殴られたら、一発で死ぬ。そんなヤツに何ができるというのだ。


「だから、おまえについて行く。そしたら、おまえを狙ってあいつらが現れたら私が倒すし、おまえも死なない。いい考えじゃないか?」


 ソフィアとしては、これ以上無い申し出だと思ったのだが、意外にもスーリンは渋面を浮かべた。


「……それは、なんだか申し訳ないです」

「なぜ?私は、おまえをあいつらを引っかける餌にしたいだけだ」

「そういうことになるんでしょうか……なんか違う気がするんですけど……」


 ぶつぶつ言いながらも、少女は小さなあくびをし、しきりに目を瞬かせ始めた。眠くなってきたのだろう。


 スーリンが眠ってしまわないうちに、慌てて問う。


「おまえ、気は変わってないんだな?南でいいんだな?」


 スーリンはちょっと目を伏せて、握りしめた自分の両手を見つめていた。また泣き出されたらどうしようと半ばヒヤヒヤして見守った。だが、少女は閉じそうになる目をこすりながらも、きっと顔を上げた。


「はい。南へ、太陽神殿へ行きます」

「よし。まぁ、今は寝ろ」


 はいとうなずいて、スーリンは一つあくびをして、横になって丸まった。疲れていたのだろう。すぐに安らかな寝息が聞こえてくる。


 さて、どうしたものか。

 南へ行ったとしても、彼女が剣を渡すべき人物はおそらく存在しない。北には彼女を騙したヤツがいる。北の方が敵が引っかかってくる可能性は高いが、スーリンの身に危険が及ぶ可能性も同様に高い。とりあえず、彼女の望み通り、南へ。今から出発すれば日が高くなるころには、最初の南の町に着ける。

 スーリンが起きていたら、昇りかけ朝日に照らされて銀色の鱗の細身のドラゴンが翼を広げたのを目撃したことだろう。

 スーリンに正体を晒すつもりは毛頭ない。わざわざ彼女に合わせた姿で現れた意味が無いではないか。これでも、小さきものを無駄に怖がらせないように、相手に合わせる程度の気遣いはできるのだ。

 それにしても、「魔女」とは、なかなか便利な肩書きだ。今後うっかりヒトに出くわすようなことがあれば使わせてもらうことにしよう。

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