第7話 守ってあげたい-7

 明智が野球部のグラウンドに来てみると、マウンドには中川が立っていた。ネット裏で立花が見ているのを見つけた明智は、中川を見ながら近づいていった。

 放課後、明智が掃除当番を終えて部室に行ってみると、新田だけがいた。他の人はどうしたのかと聞くと、野球部のグラウンドに行ってみなとだけ返事が来た。何かの取材だと見当をつけて来てみると、マウンドに中川が立っている。いや、立っているだけではなく、ボールまで投げている。何が起こったのかと思いながら、歩み寄ると立花がいた。

「これ、どういうことなの」明智

「あのね、中川さん、時々アルバイトでバッティングピッチャーをやってるの」立花

「本当に?」明智

「ん。すごいのよ。野球部にも勧誘されてるんだけど、これだけやってるの」立花

「そんなに上手なの?」明智

「監督も欲しがってるのよ。ピッチャーだけじゃなく、バッターとしても」立花

「ふーん」明智

明智は中川を見つめながら感心してしまった。マウンドで汗をかきながら投げる中川に目を奪われていた。そんな明智を立花は横で見ながらぽつりと話し出した。

「中川さん、ひとり暮らしだから、お金が欲しいんだって」立花

「えっ、そうなの?」明智

「ん。ひとりで下宿しているんだけど、お金が足りなくて、それであっちこっちのクラブの手伝いしてバイトさせてもらってるんだけど、それだけで足りないから、号外とか写真とかでお金稼いでるの」立花

「そうなの……」明智

「よく知らない人は、中川さんのこと悪く言ったりするけど…いい人なの」立花

「うん…いい人ね。純子ちゃんは好きなの?」明智

明智はウィンクして立花に合図した。立花は顔を赤くして俯いた。

「…わたしだけじゃなくって、はるみちゃんも……。他にも、たくさんファンの人はいるの……。…でも…、わたし、みゆき先輩が一番お似合いだと思います」立花

「あ、あたし?」明智

立花はじっと見つめながら頷いた。

「あたしが?…でも、あたし」明智

「…わたし、思ったんです。出会いって、こんなのだろうなって。あたし、中川先輩とみゆき先輩って、出会うべくして出会ったように思うんです」立花

「そんな……そんなこと、ないわ」明智

「…はるみちゃんも、結構あきらめてるみたいだから。二人仲がいいから…。でも、わたしも、はるみちゃんも、認めてますから」立花

 初めて雄弁に話す立花を前に明智は戸惑っていた。健気に話す立花がかわいくて、それでも自分の気持ちがわからなくて、戸惑っていた。遠くから、二人を呼ぶ声がする。顔を上げると中川がマウンドから二人に手を振っている。それは明智にだけ振っているのではない。公平に二人を扱っている。そうした中川の兄貴分的な気遣いに明智も惹かれている。小さく手を振り返す立花を見ると、中川がどれほど信頼を得ているかがわかる。明智も手を振り返す。中川が大声を上げて気合を入れて、また投げ出した。明智はただ見とれるばかりだった。そんな明智を坪井はじっと見ていた。用事で遅れてグラウンドに来てしまったことを後悔しつつ、また明智を見て嫉妬している自分に気づいて二人に近づかずに部室へ帰った。

 マウンドから降りた中川に監督が声を掛けた。

「ごくろうさん。これは、今日の分だ」

「へへ、マイド」中川

「おい、中川、真剣に野球やってみる気はないか。お前なら、甲子園も夢じゃないぞ」

「へへ、何せ金を稼がないと生活が苦しくって」中川

「奨学生に応募したらどうだ、成績も悪くないんだし」

「いやぁ、俺が野球部に入ったら困るやつもいるだろうし、遠慮しときますよ。それじゃ、これはありがたくいただきます。また、お願いします」中川

 グラウンドから出てきた中川に立花は駆け寄った。明智は気まずさを感じて、すぐに近づけなかった。変に中川を意識している自分に驚いたまま、立ち尽くしていた。立花は中川の荷物を持って歩いている。そうできない自分がおかしかった。自分の気持ちはそうしたいのにできない自分がもどかしかった。中川が明智を見て声を掛けた。

「どう、俺の雄姿は?」中川

「…うん、素敵ね」明智

「惚れちゃった?なんてね」中川

「…ふふん」明智

明智は笑みを返すことだけができた。スポーツウェアの中川はなぜか大きく見えた。


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