第28話 隠匿
「結論を言うわ。守護士協会は電妖体に対する秘密を隠している」
午後八時。すべての仕事を終えて帰宅した加奈と麻依は、佑香から守護士協会が何らかの要因で事実を隠匿していることを知った。
風雷のリビングには加奈と麻依、それに佑香が集まっていた。
「やっぱり、お父さんの言葉は正しかったんですね」
「二人が調べていた守護士はおそらく、修司さん以外の情報筋で気づいて電妖体に加担していたらしいわ。その証拠に遺体が跡形もなくなかったでしょう?」
「はい。残されていたのは血液だけでした」
加奈は当時の状況を思い出しながら淡々と言葉を紡いだ。
「電妖体は守護士でなくとも心臓や脳といったところを捕食する場合が多いけれど、今回は進化体で且つ鵺の姿をしている。これは自然発生的な電妖体ではなく人工的に創られたものであると確信できるわ」
「やはり私たちの考える通り、普通の電妖体ではなかったのですね」
佑香は頷く、一枚の小さなスマートペーパーをポケットから取り出して操作を始めた。滑らかな指先から表示された情報は、実際に現実世界で報道されている情報とは一線を画すものであり、ありとあらゆる電妖体の論文が詰め込まれていた。
佑香は加奈たちにスマートペーパーを手渡した。
「
論文に目を通した加奈と麻依は言葉を失った。自分たちに害をなす存在が、人類側から創られていたなどと信じることが受け入れがたかった。
今まで進化体と言われていた存在は、麻依を襲ったあの鬼たちは、あの鵺は、すべて守護士協会が仕立て上げた存在だというのか。加奈はにわかに信じられないままでいた。
「私は信じられません。今まで信頼を置いていた組織がこのような愚行を隠していたとは到底思えないです」
加奈は両目を伏せてそう伝えることしかできなかった。
「あたしも同じです。できればお父さんと一緒に争いを起こさない方法で解決したかったです」
麻依は力が抜けたように両肩を落としている。
「創られた電妖体が可哀想よ。望まれない生まれ方をして、協会の地位向上のために使われる駒になるなんて、わたしも信じたくない。こんなの、誰も幸せにならないわよ……!」
佑香の両手は拳を作って震わせていた。しかし、彼女の表情だけは冷静さを崩していない。
「風雷が守護士協会と対立するのであれば、私は佑香さんに従います。私の付くべき上司は、あなたしかいません」
「あたしは、お父さんの言葉を信じて加奈さんと一緒に戦います。いばらの道だとしても、人と電妖体を繋ぐ架け橋になりたいんです」
「加奈……麻依ちゃん……」
憤りを隠せなかった佑香を支えるように、加奈たちは風雷を指示する声を発した。
「佑香さんを一人にはしません。私たちだけでなく、浩輔さんや巧一朗も協力してくれます。なので、電妖体に関する責任を重く受け止めすぎないでください」
加奈は佑香を励ますように進言すると、佑香はフッと笑みをこぼした。
「ありがとう。みんなを信じるわ。改めて、一緒に戦ってくれる?」
「勿論です!」
麻依は笑顔で元気よく返答した。
「異論はありません。私はあなたの指示に従うまでです」
加奈もわずかながらに口角を上げ、アルカイックスマイルを作りだしていた。
▽
同時刻。
守護士協会本部が入るビルの一室では、将人が焦りを隠せない様子で親指の爪を噛む動作を裕斗に見せていた。
「嘘だろ……!? あいつら、オレの最高傑作を簡単に倒しやがった……!」
報告を聞いて苛立っている将人の表情は次第に暗くなり、頭を抱えてソファに座り込んだ。
「将人、心を乱すな。たかだか一体葬り去られたぐらいで動じるんじゃない」
「けどよ! オレの計算なら並の守護士は太刀打ちできねぇはずなんだ! それがいとも簡単にやられるなんてありえねぇって!」
感情の赴くままに言葉を吐き出す将人を、裕斗は吠える犬をなだめるように丁寧に受け止めいている。
「お前らしくないぞ。いつもの調子はどうした?」
「うるせぇ! 兄貴の手を煩わせることだけはしたくねぇんだよ!」
鵺を倒された衝撃が大きかったのか、将人はうなだれている。
「気持ちはわかる。だが、お前の電妖体が倒されたとなれば俺が直接動く日は近い」
「兄貴! もう一回だけオレにやらせてくれないか!? 万が一兄貴がやられたら
焦燥を隠せない将人は慌てた様子で立ち上がり、裕斗に詰め寄った。
声を張り上げる将人に対し、相反するように裕斗の姿勢はひどく落ち着いていた。
「その前に酒呑童子の居場所を特定し、倒せばいい。奴さえ倒せば彼女たちにも動揺は広がる。お前は手出しするな」
裕斗は切り捨てるように将人の提案を断った。
「そんな!」
将人の中から希望の灯が潰えたかに見えが、実際には異なった。
「だが案ずるな。俺はこの
裕斗の口から笑みがこぼれるが、将人は未だ納得できていない表情をしている。
「けど、オレ一人じゃどうすることもできねぇって。兄貴がいなくなったら、どうしたらいいんだよ?」
将人の問いかけに、裕斗は首を横に振る。
「だからお前も一緒に来い。一人では難しくとも、二人ならば可能性は掛け算と同様に広がる」
「いいのか?」
「ああ。たった一人の、血の繋がった兄弟だ。お前を一人にはさせない」
「兄貴……!」
将人の顔が一気に晴れやかになった。彼にとって兄と言う存在は尊敬する兄弟でありながら、魂を救済する救世主でもある。
自らの刀型ユニットを手に取った将人は、ぐっと柄を握り締めて気持ちを入れなおした。
弟が自信を取り戻したと確信した裕斗が一つ頷いた。
「酒呑童子を討ち取るぞ。酒を吞ませなくとも我々は首を取れることを証明しなければならない」
過ぎていく時間だけが、未来を積み重ねる一つの手立てだった。
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