第15話 動かなかった日付

 奇妙なループ物の映画を観ていたような感覚だった。昨日と同じ日の朝を迎え、同様に現想界に赴いて電妖体を斬っていく。周囲で聞くデジャヴとはこの状態が幾度となく繰り返されることを指すのだろうか、そう加奈は考えていた。

 

 気温の上がった現想界で正午を過ぎた頃、加奈は守護士の集まる拠点を目指して歩いていた。そこは偶然にも夢の中に出てきた光景が広がっていたが、唯一異なっていた点としては蕎麦屋がないことだった。やはり、あの蕎麦の味は夢の中でしか再現できなかった一品だったのだろう。


「石本さーん!」


 蕎麦屋の代わりに遠くから姿を見せたのは巧一朗だった。


 加奈の前では相変わらず快活で、夢の中で見た本人と一致するかわからないほどだった。


「巧一朗か。首尾はどうだ?」


「拠点の防衛と電妖体の残党の駆逐は共に成功しています。問題ないっすね」


 忠犬のように駆け寄ってきた巧一朗に、加奈は労いの言葉をかけると、彼は神妙な面持ちで話を始めた。


 加奈は巧一朗に歩幅を合わせながら拠点へ向かって再び歩き出した。


 しばらく歩いていると安全であることを確認した巧一朗が話を切り出す。


「昨日変な夢見たんすよ。今日と同じ日付に石本さんと謎の女の子に出会って昼飯を食ってたんです。それに今日の現場がここっすよ? 偶然にしては既視感が満載じゃないっすか?」


 加奈は首を捻った。巧一朗の話した夢の内容と加奈の夢の内容が概ね一致していたからだ。


「——君も見たのか?」


「見たって、まさか石本さんも……」


「そうだ。同じ女の子に会っているだろう」


「確か、麻依ちゃんって言ってましたね」


 加奈が昨日見たと思われる夢にも麻依は確かに存在した。顔も背丈も声もすべてが彼女だった。


「何について話したかまでも憶えているか?」


「いや、忘れちまいました。俺の経歴を話したような記憶はあるんすけど、現実じゃああんまり言いたくない事っすね……」


 巧一朗の過去はあまり他人が聞いて心地の良い話ではない。その証拠に、加奈の夢の中では同様に過去を振り返った麻依が必死に涙を堪えていた。


「電妖体関連で口外するのは憚られるからな。私も消極的だ」


 巧一朗の話した過去は加奈も長い付き合いの中で認知しており、度々度を越した電妖体の駆逐を行うたびにサイバーアーツを解除したところで理由を聞き出す機会が多かった。


 守護士がひとたび好戦的な性格に豹変すると、巧一朗のような強い私怨を持つ守護士は完膚なきまでに電妖体をめった刺しにするなど、異常とも思える殺意を見せる事例が後を絶たない。単独行動に慣れないうちは戦闘中に孤立する可能性も高いため、サイバーアーツに対する重点的な訓練を続ける必要があった。


「暗すぎる俺の過去はいいとして、石本さんは麻依ちゃんと繋がりがあったんすか?」


「まぁ、ちょっとした知り合いだ」と、加奈は言葉を濁した。


「俺も麻依ちゃんとはどこかで会ったような気がするんすよね。でも、まったく思い出せないっす」


「あの子は現想界を旅しているんだ。この仕事を担っている以上、どこかしらで目にしたんだろう」


 絶えず荒廃した異世界において、守護士以外では武器商人や修理士、そして守護士と同等に力を持つ旅人くらいしかいない。何十人と居合わせた赤の他人の中に麻依が混ざっていても何の違和感もない。彼女がサイバーアーツの使い手として若すぎるところをというイレギュラーを除けば、の話だが。


「今度会えたらデートに誘ってみようかなぁ、なんて」


「電妖体に対する殺意を消さないとどうにもならないぞ?」


「冗談っすよ。それに麻依ちゃんには石本さんがお似合いっす」


「私が? どうして?」


 加奈が疑問に思うと巧一朗がからかうように笑っていた。


「麻依ちゃん、石本さんと話している時が生き生きしていたんすよね。あの様子だとすぐに懐いてくれますよ。よほどあなたの近くにいたいみたいっすね」


「麻依は帰る場所を欲しているのか?」


「それはわかりません。あれだけ生き残ることが困難な世界に身を置いているんすから、拠点のような一時的な安全があったとしても数日と持たないっすよ」


 麻依は時折現実世界でも見かけていたが、やはり目的が旅だと本人は告げている。定位置を持たない風来坊のような考え方は、常に帰る場所を案じている加奈とは鏡に映った虚像のように対照的だった。


「今もどこかを放浪しているんだろう。あの子は強い。またどこかで会えるはずだ」


「だといいっすね」


 同じ夢を漂うように見ていた加奈と巧一朗では記憶に大きな差が生じていた。明確な夢を見た加奈、曖昧な夢の中にいた巧一朗、この違いが何を表す解釈なのかまでは不明だった。


 その時、加奈の通信端末に着信が入り、パーカーの中でぶるぶると震えていた。


「私だ。どうした?」


 応答すると切羽詰まった女性の声がスピーカーから飛び出した。


『石本さん。オペレーターの三國です。拠点Nから四百メートル南西方向に通信端末の救難信号を確認しました。石本さんと安永さんが最も現場近くにいます。至急救援に向かってください』


 隣にいた巧一朗を見ると、彼も同様に別のオペレーターからの通信を繋げている。


「救援を飛ばした者の特徴はわかるか?」


『端末の登録情報からは“秋野麻依”という名前が出ています。電妖体の数が若干減少していることを踏まえると、交戦している模様です』


 先ほどまで話題に出ていた旅人からの悲痛なメーデーだった。加奈は迷わなかった。今遂行すべき仕事は生存者の保護であると。


「わかった、すぐに向かう。端末に座標を送ってくれ」


『承知しました。通信終了後に位置情報を送信します』


 すぐに通話が切れ、通信端末に張り付いたバックライトに救難信号の発信源が赤い光の点で明滅している。


 隣に立つ巧一朗も似たようなタイミングで通信を打ち切っていた。


「巧一朗。手伝ってくれ。夢の続きはまた別の日だ」


「勿論です。奴らも手強くなってますし、気を付けてくださいね?」


「わかっている。救援者の保護に向かうぞ」


「了解っす」


 助けを呼ぶ旅人の救助に向かうべく、加奈たちは強靭な脚力で脱兎のごとく駆け出した。

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