第7話 再会
翌日、いつもと同じ雪景色のはずだった現想界には青天が訪れ、現実で広がる暖かな日差しと温度があった。色の無い木々の花びらを風で散らしていく情景が一瞬だけ守護士たちの目に留まる、そんな一日だった。
雪解けの時間が進む異世界で電妖体を討伐していた加奈は今日も仕事を終え、表情に僅かな疲労の色を残した。
今日も異様なまでの戦いへの高揚感が沸き上がり、強者が飛び出せば喜んで刀を握って躍り出た。
気候が温暖な状態にあると生物の活動が盛んになるのはどの世界にいても同じだ。電妖体の討伐数が千体を超えたところで電妖体の生息地が活発化しているのは明白だった。
人類を現実世界の外側から襲い続ける様はまるで極小の隕石が四方八方から地球に襲い掛かってくるようにも見える。
「お疲れっす。石本さん」
加奈が若干の考え事をしていると、隣には昨日も会った巧一朗の姿が見えた。相変わらずつかみどころがなく、ひょうひょうとしている。
サイバーアーツは武装を解除しており、既に規定数の電妖体を処分した様子だ。
「巧一朗か。そっちの首尾はどうだ?」
そう加奈が訊くと、巧一朗は下げていた眉を上げて真面目な表情に切り替わった。
「どうにかして制圧拠点の維持はできているって感じっすね。昨日は俺たち側で死者も出ていますし、守護士だけで現実世界を守り切れるかは時間の問題っす」
時折風がなびいて二人の髪が揺れても、お互いに表情一つ変えなかった。
「思っていた以上に今日の天候が予想外だったな。本来は真夏に大幅な増員が必要だが、今の時点で夏に近い状態で電妖体が活動しているならば……」
「現有戦力ではそろそろ限界かもしれないっすね」
加奈や巧一朗を中心とした高い戦闘能力を持つ守護士は重宝され、日夜電妖体の討伐に関わってくる。増加する攻撃的な電妖体の討伐に伴い、協会から日夜派遣される彼らには大きな負担がのしかかってきていた。
「私たちを始め研究所に雇われているならまだしも、特定の所属を持たない者は心すら休まらない」
駆け出しの守護士は協会に所属して訓練等を受けているが、それらを卒業して無所属となっている者たちは、自らの安全と引き換えに危険に出向き続けている現状があった。つまりは歩合制で、自分の仕事を自分で売り込んで見つけては是が非でも結果を出し、危険に見合う報酬を得る必要があった。
「そうは言っても俺たちは
「それはそうだが、この現状を放ってはおけないだろう」
「まぁそうっすけど――ちょっと待ってください。大事な連絡が来たっす」
真面目に意見を述べる加奈の隣で、巧一朗は雇い主と思われるメッセージを通信端末で送っている。そして端末ですべてを送信し終えると、精悍な顔つきで加奈を見た。
「俺、石本さんのお人好しは嫌いじゃないっす。でも、いくら理想を掲げても現実は残酷っす。今はそれを受け入れる時期っすよ」
加奈は思わず反論しようとしたが気持ちを懸命に抑え込んだ。巧一朗の意見も正しく、自分の意見を押し付けるような愚行には発展しなかった。
「そうだな……そう言い聞かすことでしか、私は私を納得させられない……」
加奈はこの日に使い果たした力で一人でも少なく犠牲者を減らせただろうかと考えた。
自分にはサイバーアーツを扱う技術と力しか持ち合わせていない。
それが何の役にも立たないのであれば人間以下も同然だ。
そう苦心していた矢先、巧一朗の顔がわずかながらに緩んだ。
「でも、石本さんの理想はいつか実現します。それまでにずっと落ち込む必要はないっすよ」
「どこに根拠があるんだ?」
「ないっす。でも、石本さんの優しさで救われる人がいるんで、それがうまく広がったら世界はラブアンドピースなんじゃないっすか?」
「君にしてはくさいな。だが実際、私もそうであってほしい」
そう加奈が笑って返すと、巧一朗は二ッと笑った。
「さて、石本さんが元気になったところで、俺はお暇させてもらうっす。じゃあ、また現想界で」
「ああ……」
あっという間に巧一朗の姿が消えた。一体どこで煙と共に瞬間移動する術を身に着けたのだろうか。あるいは忍者の末裔なのだろうか。そう加奈は数秒間思考を張り巡らせたが答えは出なかった。
暖かな春風が静寂の中を通り抜け、色を失っている灰色の世界に安堵を募らせるような違和感のある自然をこの場で体感する。しかし、違和感はこれだけで終わらなかった。
突如として銃声が一つ鳴った。それが聴こえるなど当たり前の光景にある。なぜなら現想界において銃型のサイバーアーツは最もメジャーな技術の一つだからだ。
問題は撃った弾丸の種類にある。
加奈の肉眼でも確認できるほどの小さく輝きを放つ花火が空中で開いたのだ。救援用の照明弾の可能性があると加奈は踏んでいた。
幾らかの廃墟の間を素早く通り抜けた先に、照明弾を使ったとみられる人物の姿が見えた。
それは加奈にとって見覚えのある、明らかなデジャヴのようにも感じ取った。
「あれは昨日の……」
数多の電妖体を相手にしている麻依の姿が見えた。遠くから見える彼女の雄姿は昨日とは異なり、四方八方から襲い掛かるクモ型の電妖体の急所へ正確に弾丸を打ち込んであっという間に機能停止へと持ち込んだ。
加奈の頭の中で麻依の印象が大きく変化していた。
確かに、現想界を旅しているとだけあって戦闘能力は並の守護士を上回っているという予想は付いていた。しかし、一体でも手を焼く大型の電妖体の集団に対してたった一人で渡り合えるほどの高い能力を持ち合わせている光景を、加奈は目の当たりにしたのだ。
「あっはははははっ! いい加減にしろーっ!」
当の本人は右手に握った銃と左手の逆手に持った大型ナイフで鬱陶しそうにクモたちを追い払っているが、なぜか表情は面白おかしく笑っており、常人には想像しがたいほどの狂気が滲み出ていた。加奈とは別の意味で戦いを楽しんでいるようだった。
使えば好戦的になるサイバーアーツの影響を多大に受けていると言えばそれまでになるが、傍から見れば戦闘狂のトリガーハッピーと言われても文句は言えない。
昨日の麻依の状態を考えると、戦意が高揚する以前に救援を要請した可能性は捨てきれない。
自らの体力を大幅に消耗するサイバーアーツを単独で長時間顕現させる行為は命を落としかねないため、やむなく加奈も援護に入った。
加奈は下手に麻依に近づくと乱発している流れ弾に当たる危険性も高いため、群れの注意を引き付けつつ分断する方がいいだろうと分析した。
柄を両手で持って刃を出現させ、集団の中でもひときわ大きいクモめがけて突入する。
奇策も甚だしい行為とは自覚しているが、この場を解決する手段としては博打に等しいことも十分承知の上だ。
群れの中にはボス格の存在がいる。人間で例えるなら女王だ。どのみち好戦的になるため、心を満足させられる電妖体を狙うなら大物がいい。
数体のクモが加奈の存在に気付くと、麻依から目標を変えて攻撃を始めた。
口から毒液を噴射させて襲うものもいたが、加奈は液体を浴びる範囲を予測してギリギリのところで避け、文字通り返す刀でクモを支えていた脚を根元からぶった斬って動きを封じた。殺しはしないが、斬られた肉体の再生までには時間を要する。
雑魚に構っている場合ではない。いち早く統率するリーダーを倒せば大混乱となり、群れも散り散りとなるだろう。
強い敵を寄こせ――加奈もまた、刀を振るううちに冷静さを失いかける所まで近づき始めた。
戦闘狂は一人から二人に増えると同時に、戦況はクモたちの攻勢を次第に追い込んでいった。
加奈の身体に疲れは残っているが、それを上回るように力があふれ出てきているようで、恐怖心すら失おうとしている。この状況が続けば油断を狙われるなど思わぬ落とし穴にはまりかねない。戦いながら平常心を取り戻そうと脳をコントロールしていった。
時折流れ弾がクモに被弾し、粒子となって風で舞い上がる場面に遭遇する。大暴れを繰り返す麻依は決して適当に乱射しているわけではなく、本当に電妖体を確殺するために訓練を積み重ねているとしか言いようがなかった。
しばらく電妖体を斬りながら前進を続けた先で、遂に周囲のものとは二回りも大きい女王グモとの遭遇を果たした。
取り巻きがすかさず女王を守ろうとするが、彼女が人間の目では計り知れない指示を与えたのか、一切の攻撃を止めて次々と引き下がった。
電妖体なりの騎士道精神の表れだろうか、一騎打ちで勝負を決めたいという意思がうかがえた。
加奈の息は上がっておらず、今ならどのような強敵にも余力を残した状態で臨める。
女王の意思に応えるという選択を取ったのだ。
「その命、私が討ち取ろう」
加奈が刃を向けて宣言すると同時に観客の複眼が奪われる。
一人の守護士と一体の電妖体による決闘が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます