#03
「ククク」
およっ?
「格好良い男の格好良い登場は、この辺りが妥当かな。俺は、裏の運び屋、葦田天」
裏路地へと続く街角に背中を預けて、両腕を組み、右人差し指と中指を立てる男。
黒い影を背負い、逆にこっちが恥ずかしくなるほどダンディズムを体現しまくる。
「よっ!」
と華麗にスライディングを決めて、草野のバットを右足で蹴り上げ、天へと還す。
が、びりっと大地が裂けるような大きな音がしてスボンの尻部分が派手に破れる。
「ちょっ」
溢れる滝汗がダンディズムを流し落とす。
「待てッ」
待てよ。
「ば、バカ。こっちを見るな。見るなって。違う。違うぞ。パリでは、これがトレンドなんだよ。芸術家気質のパリっ子、みんな、ズボンの尻が破れてるんだぜッ!」
と必死の形相で尻を手で覆ってから隠す。
てかさ。
格好良い男と自分で言いながら、きっちりとフラグを回収する男。これはもしか?
もしか。
もしか!
主人公にはよくある適正補正なのか。格好良いと自分で言いつつ格好悪い目に遭いまくるというコメディでのお約束なのでは? もはや裏の運び屋だとかいった属性には慣れてしまって陳腐化しているが、こいつも主人公で間違いはない。マジかッ!
てかさ。
今、現れた誰もが、一様に主人公を張れるようなやつらだぞ。
霊媒師のイタコと営業天使のロータス。打てない球はねぇと言い放つ夢追い人の草野球。格好良い男と言い張るが、実際は格好悪い男、葦田天。こいつら、今まで、どこに隠れていたんだよと思うほどに個性的で面白い。見てて飽きない。うむむ。
と唐突。
「……洋太くん、そちらは、どうでした?」
「いいえ。フーさん。残念ながら、こちらも全てが空振りです」
ほよっ?
黒いトレンチコートの襟を立てて、ひそひそ話をする、いかにもな怪しい2人組。
深々と黒いハットを被り、大きめのサングラスで顔を隠して世をはばかっている。
探偵なのか。格好からそう見える。ただ、片方は、そうとも思えるけど、もう片方が若すぎる。なによりも深い悲しみを背負っている瞳が、探偵などとは言ってはいけないようなオーラを放っている。あの人達は、一体、どんなやつなんだ?
中年の探偵らしき男が、目を閉じて言う。
「フムッ」
おおッ!
あれは口癖というやつなんじゃないのか?
「見事に灰色領域に溶け込んでしまいましたね。さすがは山際君といったところでしょうか。よろしい。推理ゲーム時の感覚で、ヒントを、ひねり出しましょうか」
探偵と思しき男が、ふっと顎へと手をあててから考え始める。
推理ゲームやヒントというのも聞き捨てならないが、なによりも灰色領域ってなんだ? 気になる要素満載でミステリアスすぎる。しかも若い方が、フーさんって言ってた。それで探偵。となると、もしかして彼の名は、……フー・ダニットか?
推理小説の三大分類の一つで、誰が犯人なのか? ってやつ。
めっちゃ、しゅ、主人公っぽすぎる名前。
狙い過ぎなくらいだ。
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