絶対に付き合わない失恋百合

 失恋した。


 ごちゃごちゃした繁華街を私は足取り重く歩いていた。

 もう夜の22時を過ぎているというのに、繁華街の電飾たちが私の気分と反してビカビカと下品に光っている。


 小さな個人雑貨店の店主に恋をしていた。

 ある日の仕事帰り、「NEW OPEN! お手紙雑貨屋」と書かれた看板に惹かれて、寂れたビルの2階に入ってみた。あたたかみのある木製テーブルの上に、便箋やメッセージカード、万年筆などが置いてあった。なるほど、お手紙雑貨屋というだけある。


 私はふと、もうすぐ友人が誕生日であることを思い出し、10枚入りのメッセージカードを手に取りレジへ向かった。

 店主は20代後半、もしくは30代に突入したか、くらいの雰囲気の女性だった。

 クラフト紙の袋にメッセージカードを入れ、チェック柄のマスキングテープで封をする。

 そして少し頬を上気させて優しくほほえみながらこう言った。

「ありがとうございます。あなたがはじめてのお客様です」


 久しぶりの本気の恋だった。

 正直ここ数年、なりゆきでお持ち帰りする女の子たちと遊んでばかりいた。

“はじめて”をもらってしまったからには責任をとらなくてはいけない(?)

 私は週1、2回のペースでお手紙雑貨屋に通うようになった。


 私は今日までの店主とのやりとりに思いを馳せながら、行きつけのバルの扉を開けた。扉が開いたことを知らせるベルがカランカランと鳴る。

 顔なじみの女店長に「お、いらっしゃい」と言われ軽く手をあげる。いつものカウンターに座ろうと……したが、先客が居た。

「……ぐすっ」

 先客は、泣きながらパスタを食べていた。


 私はワインとチーズをちびちびやりながら、バルの店長に失恋してしまったことを話した。

「本気だったんだよ、久しぶりに恋した〜って思ってたの……」

「あらら……なに、告白したの?」

「ううん、妊娠したからこのお店は来月末で閉めるんです、って言われて。結婚してたんだよ……。指輪してなかったからフリーだとおもってたのに……」

 ここまで話したところで、パスタ女が鼻をぐずぐずとやりながら「あの……」と声をかけてきた。まさか話しかけられると思わなくて、二人してパスタ女を見やる。

「その方、もしかしてお手紙雑貨屋の女性ですか?」

「え、そ、そうだけど……」

「私も、失恋したんです、そのひとに」

 パスタ女は目尻にマスカラの繊維を付けたみっともない顔でとんでもない爆弾を落としてきた。


「えーと? つまり二人は同じ人に恋をしてたってこと?」

 店長が私たちを交互に見ながら話をまとめてくれる。

「そう、みたいですね……」

 パスタ女もこくんとうなずく。

「雫さん、素敵な方ですもんね。そりゃ旦那さんがいて当然ですよね……」

 あのひと、雫さんっていうのか。

「そういえば雫さん、ここのパスタが好きだって言ってました。これ、ほんとに美味しかったです」

 パスタ女はすでに空になったお皿を指さして店長に寂しい笑顔を向けた。どうやらパスタ女は私よりずっとあの店主……雫さん、と親しくしてたみたいだ。なんか悔しい。

「私、はじめて女の人を好きになったんです。今まで男の人としか付き合ってこなかったから、どうしたらいいか分からなくて……。でも、告白しないと何もはじまらないなって思って」

 そこまで言うとパスタ女の目にはみるみるうちに涙が溜まっていって、マスカラを巻き込みながらぼろぼろ涙を流しはじめた。見かねた店長が新しいおしぼりを彼女に渡す。

 パスタ女はおしぼりで涙を拭いながら言う。

「あなたは、泣かないんですね。失恋したのに……」

「……だって、今ここで私まで泣いたら店長が困るだけじゃん。泣いてる女が二人もいたら、客足も遠のくだろうし」

 本当は私だって泣きたい。でも話を聞いていると、パスタ女のほうが私よりずっと頑張っていたことがわかってしまった。私はあのひとがここのパスタが好きなんて情報はおろか、名前すら知らなかったのだ。そんな私が彼女のように泣く資格はない気がした。


「私が面倒みてやるからさ、今日は好きなだけ泣きなよ。同じ女を好きになったよしみだよ」

 パスタ女はぱちくりと目をまたたいた。

「……お名前、聞いてもいいですか?」

「え、鹿江、だけど」

「かのえさん、優しいんですね……私、好きになっちゃいそうです」

「は? はぁ!?」

 いやいやチョロすぎでしょ。こいつ、もしかしてとんでもない地雷女か!?

 そんなことを頭の中で思いながら、しっかりとパスタ女の全身をチェックしてしまう自分が悲しい。あのひとに似た雰囲気で、正直好みだ。困る。

「ねぇ同じ女を好きになった者同士、仲良くしません? 女同士の付き合い方、教えてくださいよ」

 パスタ女は私の隣の席にずれてきて、豊かな膨らみを私の右腕にあてながら言う。ぷん、とお酒の匂いが鼻をついた。ダメだ、こいつ、相当酔ってる。

 腕に絡みついてくるパスタ女を振りほどこうとすればするほど、猫なで声でくっついてくる。その様子をみていた店長が呆れ気味に言う。

「もうあなたたちで付き合っちゃうのもアリなんじゃない?」

 そんなわけあるか!

「ふふ、いいかもしれませんね。どうです? かのえさん?」

 パスタ女が見上げてくる。くそ、可愛い。ひと昔前の私なら迷わずお持ち帰りした。

 でも、なけなしの自尊心を使って叫んだ。


「絶対付き合わねーからな!」


 ……もう少し、本気の恋を失った余韻に浸らせてほしい。

 店長が笑いながらサービスだと言って私たちにジェラートを出してくれた。

 ラズベリーのジェラートは甘酸っぱくて、私はようやく一筋だけ、涙を流した。

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