絶対に付き合わないアイドル百合

 ドルヲタ、いわゆるアイドルヲタクを始めて二年になった。


 SNSで偶然見かけた星祭れなちゃん。

 ゴールド風味のカラコンを入れた大きな瞳。ゆるく編み込みした髪に星のバレッタ。袖からキレイに彩られた指先だけをちょこんと見せて、大きなマグカップを持っていた。

 そのあざと可愛さに魅せられて、彼女がSNSにあげている写真を、時間をかけてたくさん見ては、いいねを押していった。

 そのうち写真だけでなくて、実際にこの目で見てみたいと思うようになった。


 れなちゃんはアイドルだった。

 テレビに出るような有名なアイドルではなくて、地下アイドルというやつだ。


 私は単身でアイドル現場に通うようになった。

 郷に入っては郷に従えとはいうけれど、私はアイドル現場独特の文化になじめないでいた。

 もちろん女の子のファンもいるけれど、コールも完璧な立派なヲタクばかりだ。

 私は未だに「タイガー!ファイヤー!」の次にみんなが何を叫んでいるのか分かっていない。


 そんな私ができるのは、メンバーカラーの黄色に光らせたペンライトを振ることと、プレゼントを贈ること。

 プレゼントできるものにはルールがある。

 食べ物や、盗聴器を仕込みやすいぬいぐるみなど、アイドルが危険にさらされる可能性があるものはNG。

 れなちゃんにはそこに独自のルールが加わっていた。

 それは「プレゼントは星がモチーフになっているものに限る」というもの。


 私はれなちゃんが負担に感じないように、シングルリリースなどの特別なイベントがある時にだけ、高価すぎないプレゼントを贈った。

 星のついたヘアピン、ピアス。

 星柄のハンドタオル、マフラー。

 星型のチップがざくざく入ったポリッシュネイルやアイシャドウ。

 れなちゃんはファンからもらった星モチーフのものを、ライブや終演後のチェキ撮影のときだけでなく、プライベートでも使ってSNSに自撮りをアップしてくれる。

 誰からもらったのかは明らかにしないけれど、自分があげたものを身につけた推しの姿はとても尊かった。


 プレゼントを渡すときは、必ずチェキを2枚撮る。

 1枚はれなちゃんのみのショットにしてもらい、もう1枚はれなちゃんと一緒に写るツーショットにする。

 彼女がチェキに書くメッセージは、私だけが見ることができる。

 回数を重ねるごとに親密になっていく言葉たちは、私が彼女にガチ恋、つまりアイドルに本気で恋をしてしまうにはじゅうぶんな力があった。


 私は、れなちゃんを一人の女性として大好きになっていた。



ーーーーー



 れなちゃん所属のアイドルグループは少しずつファンが増えていき、ついにメジャーデビューが決定した。

 地下アイドルとしては最後になる、れなちゃんの生誕祭で、私はれなちゃんの星座、おとめ座をかたどったピンキーリングを贈った。


「メジャーデビュー、本当におめでとう。……れなちゃん、大好きだよ」

「私も、私も大好きだよ……。いつもありがとう! メジャーいっても、応援してくれる?」

「もちろんだよ!」

 終演後の物販、チェキ撮影のとき、れなちゃんは嬉しそうに笑ってハグしてくれた。

 二人で抱き合って頬をくっつけたまま撮影する。

 本当はアイドルとの接触は禁止なのだけど、女の子のファンには運営側もちょっとゆるいのだ。


 私の「大好き」と彼女の「大好き」はきっと一緒。

 だけど、れなちゃんはいつかブログにこう書いていた。


 『今はアイドルに恋人ができても祝福してもらえることが増えました。

 私もいつかは、恋人ができたらいいなぁと思います。

 でも、今はそのときじゃない。

 みんなのアイドルでいたい。

 ステージの上で輝いて、元気を与えたい。癒しになりたい。

 そしていつか恋人ができたら、祝福してもらえるような、

 そんな関係をみんなと築いていきたいと思っています。』


 みんなのアイドルでいたいという彼女の信念を、大切にしたい。

 だから、私たちは絶対に付き合わない。

 これはガチ恋ヲタクの妄言なんかじゃない。

 だってーー。



ーーーーー



 メジャーデビューシングルは初回限定盤と通常盤、それから各メンバー限定盤が発売された。

 メンバー限定盤のれなちゃんの写真では、おとめ座のピンキーリングがキラリと光っていた。

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