絶対に付き合わないセフレ百合

「今日、お願いできますか……」


 土曜の昼過ぎ。

 仕事の繁忙期をなんとか乗りきり、爆睡していた私はLINEの通知音で目が覚めた。

 のそのそとスマホに手を伸ばして確認するとマキからだった。

 久しぶりだな。今回は何に行き詰まってるんだろう。


「オッケー!部屋の掃除したいから20時以降でよろしく」


 私が返事を送るとすぐに既読がついて、よろしくお願いしますとおじぎをするウサギのスタンプが送られてきた。


ーーーーー


「ご満足、いただけたでしょうか」

「はい、ありがとうございます……今回もいい仕事っぷりでした……」


 時刻は21時半。

 20時ぴったりに私の家に現れたマキは、スレンダーな体をベッドに投げ出し、とろんとした目で私を見上げながら、薄く笑っている。 


 マキと私が1時間ちょっとの間、何をしていたのかというと、まぁアレだ。

 私とマキは大学時代からの親友であり、セフレでもある。

 

 でも彼女の悶々とした気持ちを晴らすのが私の役目なので、マキからいわゆる「お返し」をされることは滅多にない。

 催促することはないし、されたらされたで受け入れるのだけど。


「で、今回は何を悩んでるわけ?」

 私はマキに腕枕をしながら聞く。

 私たちはピロートークで近況報告をしあう。

 社会人になってから会う機会ががくんと減った。SNSでなんとなくどんな生活をしているか知っているものの、お互い話したいことが溜まっているのだ。

 先に話し込んでしまうと、本来の目的(つまりさっきまでしてたこと)に持ちこむのがだるくなってしまうので、会って早々、即シャワーからのベッドという流れに落ち着いている。


「毎年恒例の書けない期間がやってきまして」

「あ〜もうそんな時期?」


 大学卒業後、私たちはそれぞれ社会に出て働きはじめた。

 私は女性向けの雑貨を扱うネット通販の会社、マキはカフェを併設している本屋に就職した。

 マキの夢は「自分の働く本屋さんに自分の書いた本が並ぶこと」

 働きながら小説を書いては賞に応募している。

 でも一年に一回の周期で、どうしても書けない日々が数週間続くのだそうだ。


 そんな風に行き詰まったり、仕事や恋愛で悩んだとき、マキは私に連絡してくる。

 はじめはただ悩みを聞くだけだった。

 それがいつだったか「常連のめちゃくちゃ可愛い女の子に惚れちゃったんだけど、いざというとき、どうしたらいいかわからないから実践で教えてほしい」とツッコミどころ満載なセリフを真剣な顔で言われた。

 私は自分のセクシュアリティをマキに話したことはなかったけれど、「いや、わかるでしょ。私、美舟の親友だよ?」とこれまた真剣な顔で言われた。

 いくらなんでも親友を抱けないよと断ったけれど、熱心に頼み込まれて、折れた。

 そのときはお酒の力を借りた。あれ以来、赤ワインには手を出していない。

 ちなみにマキはあの後ちゃんと常連の女の子とお付き合いしたらしい。……女の子に彼氏ができるまでは。


 親友を抱いてしまったことは私にかなりの罪悪感を残した。

 けれどマキは小説や仕事や恋愛に行き詰まったとき、単に悶々としているとき、更にはお肌の調子がすこぶる悪いときなどに、私にセラピー(マキが行為のことをそう呼んでいる)を求めてくるようになった。

 私のセラピーで満たされると、次の日から不思議と事がうまく運ぶようになるそうだ。

 それでも小説家デビューだけはうまくいかないみたいだけど。


 マキがあまりにあっけらかんと頼んでくるものだから、私は自分だけ罪悪感を抱えて落ち込んでることがバカらしくなってしまって、こうなったら私も楽しんでやろうと思った次第である。そして今日に至る。そんな関係をもう3年は続けている。


「これで明日からまた書けるわ〜。マキ先生の大作、楽しみにしててよね」

「それは本当に楽しみにしてる」

 マキは大学の頃に小説に目覚めてから怒涛の勢いで創作をするようになった。私は純粋にマキの小説のファンなのだ。


「美舟はどう? 最近なにかあった?」

「ふふふ、実はね〜彼女ができそうです!」

 私はゆるんだ頬を腕枕していない方の手でおさえながら言った。

「えっマジ! やったじゃん、どんな人なの?」


 マキは私の恋愛を応援してくれる。

 私がひとしきり話し終えると、私の腕がしびれないように気を遣ってか、体を起こしてベッドの上にぺたんと座る。


「そうか〜。うまくいくといいね! あ、でもそしたらもう美舟にセラピー頼めないのか〜」

「なんで? 別に気にしなくていいよ」

「美舟はよくても彼女さんがよくないでしょ。あと、私もよくない」

「そう?」


 なんだろう、ちょっと残念に思う自分がいる。

 マキとは付き合ってるわけじゃないし、なんなら私は彼女ができそうなのだ。


「付き合うことになったら教えてね。じゃあシャワー浴びよっか」

「あ、うん」


 シャワーを浴びて髪を乾かしている間も、私は悶々と考えていた。

 私が好きなのはバーで出会ったあの人で、マキではない。

 もし私と彼女が付き合うことになったら、セフレとしての関係は終わり。

 でも親友としての関係は続いていく。

 別になんの問題もないはずなのに、どうしてこんなにモヤモヤするんだろう。

 

 マキが身支度をしている。

 マキが来るのはいつも土曜の夜だから、そのまま泊まっていけば? と何度か声をかけたことがある。もちろん下心あってのことじゃなくて、お泊まり会的な意味だ。

 でも「それじゃ彼女じゃん」と笑って断られたので、私は今回もパジャマに着替えて見送る準備をする。


「じゃあ、またね。いや、またはないのかな」

 なんだか未練がましい言葉になってしまって自分で焦る。

 マキはきょとんとして、それから笑って答えた。

「なに言ってんの。フツーにご飯とか行こうよ」

「そっか、そうだね」

「でも美舟に彼女さんできたらちょっと遠慮しちゃうからさ。美舟から誘ってね」

「わかった。じゃあ、またね」

「うん、またね」


 ドアが閉まる。ぺたんこ靴のマキの足音はほとんど聞こえない。

 彼女と付き合いたいのに、マキとのこの関係が終わることに寂しさを覚えている。


「……こんなにモヤモヤするんじゃ、私がマキにセラピー頼みたいくらいだよ……」

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