絶対に付き合わない異世界百合
私、初めてこの仕事を辞めたいと思いました。
だって、あと1週間もしたら、あのこは帰ってしまうんですもの。
数世紀前、地球の日本という国で異世界転生がとても流行りました。
あちらの世界で不幸に見舞われ命絶えたと思いきや、異世界で新たな生を得るという現象です。
私の暮らす世界にも、何を言っているのか分からない奇天烈な恰好の人間(つまり日本人)が、突然姿を現すことがありました。
長い長い時間をかけて私たちの祖先と日本人はお互い歩み寄り、言葉を理解し、意思疎通ができるようになりました。
そして今では、日本人は死なずとも異世界に行くことまでも可能となりました。
ここ、カナフォレは、日本と正式に異世界協定を結んだ世界です。
孤児だった私は必死で日本語を勉強し、努力の甲斐あって、異世界案内人の職に就くことができたのです。
でも、冒頭でも言った通り、私はこの仕事を辞めたくなっています。
日本人がカナフォレに滞在できる期間は最長で3ヶ月と決まっています。
異世界体験をすることで知見を広げ、日本での実生活に活かすことが目的だとされているからです。
そして異世界体験3ヶ月にかかる費用は日本円で300万円。
更に事前にカナフォレについての座学を受け、試験に合格し、健康診断を受け、身体に問題がないことを確認。カナフォレに危害を加えないことを約束する誓約書に本人と保証人のサインをして、ようやく入界できるのです。
つまりとても狭き門。
その狭き門を約3か月前にくぐってきたのがエリでした。
エリはブラック企業というところで働いていて(そういった名前の会社なのかと思いました)心と体を壊して退職。
貯まりに貯まったお金でカナフォレに来たそうです。
「大変だったのね、エリ。カナフォレでは何がしたい?」
「クエストとかそんなのには興味がないの。ただ、あなたと一緒にお料理がしたい。お出かけがしたい。私と一緒に、たくさんの時間を過ごしてほしい」
私たちはまるで昔から親友であったかのように仲良くなりました。
来たときには疲れきって、なんでもない瞬間につーっと静かに涙を流していたエリの表情はみるみる明るくなりました。
ボロボロだったお肌や髪に艶が出て、瞳はキラキラと輝くようになりました。
ぽつぽつと呟くようにしかお話できなかったのに、今では日本に帰ったら何がしたいのか、夢の話もしてくれます。
はじめはこのお客様をなんとか元気にしてあげようと頑張っていたつもりでしたが、私がエリに抱いているのは、ただの情ではなく、恋愛感情なのだと気付くのに、そう時間はかかりませんでした。
大好きよ、エリ。
草原で動物と戯れるあなたを見るだけで、私はとても満ち足りた気持ちになります。
でもあなたは日本人で、私はただの異世界案内人。
異世界協定の条約にはしっかりと「恋愛禁止」の文字があります。
たとえ条約を破って万が一に結ばれたとしても、あなたが帰ることに変わりはない。
一度異世界体験をした者は、むこう5年は異世界に行くことはできないという決まりもあります。
この仕事を辞めて、エリと日本に行くことも考えたけれど、エリが話してくれる未来に、私の姿はありませんでした。
当然です。エリにとって私は、3ヶ月間、異世界を案内してくれる世話係にすぎないのですから。
のこり1週間。
エリとの時間を大切に大切に過ごしましょう。
気持ちを伝えることなんてしません。
だから私はお別れのときにはいつものとおり、こう言います。
「カナフォレに来てくれてありがとう。私もとても楽しかったわ。今後のあなたの人生がより良いものになるよう、カナフォレから応援しています。
お元気で。さようなら」
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